筋ジス 失った声 自力で取り戻す 障害者 弱者じゃない 福岡市の高口さん “口撃”プロレスで体現

 この秋、福岡市であった障害者プロレス。気管を切開して一時は声を失った筋ジストロフィー患者の高口和樹さん(24)=福岡市東区=がリングに復帰した。実況アナウンサー、解説者、そしてマイクパフォーマンスを披露する選手として。「障害者は弱者じゃない。心も体も強い障害者がいる」。高口さんは障害者プロレスが掲げる理念を、自らの体で表現した。

 九州唯一の障害者プロレス団体「FORCE」(福岡市)が、市内の県立スポーツ科学情報センターで開いた第31回大会。高口さんの機械的で甲高い早口が響いた。リングで得意の“口撃”を繰り出し、実況席で仲間の戦いを盛り上げる。4年前まで声が出なかったとは思えない。

 次第に筋力が衰える難病の筋ジストロフィーを患い、小学1年生から車椅子を使う。19歳でせきが止まらずに搬送され、気管を切開して人工呼吸器を着けた。

 20歳で、食道と気管の分離手術を希望した。たんの吸引で夜中に親を起こすのが苦痛だったし、食べ物の誤嚥(ごえん)を気にせず、楽しく飲み食いしたかった。「分離手術は最後の手段。声を失うのはまだ早い」と止める主治医を押し切った。

 手術後、声は全く出なくなった。「しゃーないな」と割り切り、筆談、目や眉の動きで意思を伝えた。次第に「しゃべりたい」思いは募り、仲間が話すのを見るのもつらくなった。

 ☆ ☆ 

 21歳の誕生日、友人に誘われたカラオケで出ない声を張り上げた。翌日、炭酸飲料を飲んでたまたま出たゲップの要領で声を出してみたら、音が出た。主治医には「世界でも珍しい」と驚かれた。

 最初、長く話すのはきつかった。話せるのがうれしくてしゃべり続けたら、本来の「おしゃべり」に戻っていた。

 声を取り戻して約3年。障害者プロレス団体の創設者、永野明代表(38)から「リングに立たないか」と声が掛かった。17歳から実況や解説で大会に参加し、声を失ってもチラシ作りなどの裏方で加わっていた。

 自らも手こぎ自転車でリオデジャネイロのパラリンピックを目指す永野さんは「あっさり声が出たと言うが、血のにじむ努力をしていたはず。不可能を覆す精神力、生命力はすごい」と高口さんを見守る。

 団体で筋ジストロフィーの選手は初めて。“口撃”のみという特別ルールがつくられた。実は1年前、心臓の拍動が弱まって死のふちをさまよった。心臓にペースメーカーを入れる緊急手術で持ちこたえたのを、相手に「ロボット」と攻撃されたが、笑って反撃。初試合で見事勝利した。

 来年2月、福岡市で再びリングに立つ。高口さんの「人生に『絶対不可能』はない」という言葉は重い。

=2013/10/31付 西日本新聞朝刊=

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