世紀末…「ごりょんさん・玉屋」との別れ、そして西鉄ソラリア計画の完成 福岡流通戦争モノ語り(5)

 1000年代最後の年、1999(平成11)年。福岡は新たなミレニアムを目前に、大きな節目を迎えた。1925年に創業し、昭和初期の流通戦争「エピソード0」で新参者の岩田屋を迎え撃った老舗中の老舗、福岡玉屋がその夏、74年の歴史に幕を降ろした。

 (ギンギラ太陽’s・大塚ムネトさん)閉店前の玉屋に、取材で何度か行きました。全フロアーを観察して、最後に店内のカフェで取材メモをまとめる。このカフェがまた良い味を出してました。年季の入った木の床に、テーブルには真っ赤なバラの一輪挿しが飾ってあったんです。「さすが、気品のある老舗女性ビル」だなと感心しました。  

 (大塚)大正14年に創業した玉屋は、「博多の名所」として絵ハガキになるなど、地元の大人気百貨店として、博多の商業を支えました。そして、戦中戦後の苦しい時代も、博多のためにがんばってくれたんです。

 太平洋戦争中の福岡大空襲で甚大な被害を受けた博多の街に建つ玉屋は1949年12月、「子どもたちに夢を」と屋上に動物園を開設した。最初はウサギと亀などの小動物。人気を博し、カンガルーやワニ、そしてゾウまでやってきた。

 (大塚)かつて東公園に動物園がありましたが、空襲で逃げないようにとゾウが殺処分されていました。そこで玉屋は、子どもたちのためにタイからゾウを輸入し、屋上に動物園を作ったんです。博多港にゾウが到着したときは、港から玉屋までの沿道に喜ぶ子どもが集まったそうです。子どものために動物園を作り、大人のためには、店内に映画館をつくって娯楽を提供しました。焼け出された博多の人たちを、玉屋が励ましたんです。

 昔ながらのスタイルで親しまれた玉屋。平成に入ると、目新しい商業施設の新規出店が相次ぎ激化した流通戦争のあおりを正面から受けた。99年3月12日、玉屋廃業を正式発表した田中丸善亮社長(当時)の説明が記事にある。<「百貨店の集積が天神地区で進んでおり、福岡玉屋の立地では百貨店経営は向かなくなっていた」>

 (大塚)玉屋は「博多で意地を張って潰れた」と思われるかもしれませんが、そうではありません。イムズの場所や、今の岩田屋新館の場所に出店しようとしていたし、99年にリバレインとして開業した川端商店街の再開発にも名乗りを上げていました。いろんな策を考えて、(天神移転を果たした)大丸のように頑張りましたが、結局どの話もまとまらず、最後は惜しまれて店を閉じるしかありませんでした。

 (大塚)玉屋が閉店したのは「追い山」の日。博多祇園山笠を見届けてから閉店というのも「博多を支えてきたごりょんさん」らしいなと。最後にシャッターが閉まる時、多くの人が涙を流していたのは、長年にわたって博多を支えてきた「商売の枠を超えた絆」があったからだと思います。

 (大塚)「博多の名所」と呼ばれた老舗ビルはゲイツへと建て変わりましたが、玉屋ビルで使われていた「入口の飾りライト」がゲイツに受け継がれているそうです。関係者の誰かが、「玉屋の誇り」を残そうと思ってくれたんでしょうか。ぜひゲイツに行ったときは、入口上のライトを見てやってください。玉屋はもうありませんが、博多っ子たちを支えてきた「中洲の玉屋さん」というキャラとして、ギンギラのモノ語りで生き続けます。

 

「正面玄関」から受け入れてくれた

 

 玉屋の苦境の傍ら、集客力を高め続けた福岡市・天神に1999年4月に開業したのは「ソラリアステージ」だった。西日本鉄道が西鉄福岡駅再開発の基本構想を86年に発表して以来、ソラリアプラザ、福岡三越が入るターミナルに続きソラリアステージの完成で13年がかりの大事業が完了。そしてそれは、福岡を拠点に、街の物語を「かぶりモノ」で描く劇団・ギンギラ太陽’sにとっても大きな節目になった。

 (大塚)ギンギラの背中を最初に押してくれたのは、福岡ドームのスポーツバーで上演させてくれたダイエーでした。以来、僕たちはどこにも許可をもらわずに建物をキャラにしてきましたが、どこにも怒られず、今では各社の行事にまで呼んでもらえるようになりました。その最初が、西鉄だったのです。

 道路を縦横無尽に走る「やんちゃな西鉄バス軍団」も描いていたギンギラ。1998年のある日、その西鉄本社からギンギラのもとに連絡があったという。

 (大塚)西鉄本社から呼び出しがあったのは、劇団として活動を始めて1年すぎた頃でした。「ギンギラもこれで終わりかなぁ。まあ無許可で勝手なことをやっていたんだから怒られても仕方がないよなぁ…」と、しょんぼりしながら福岡ビルのエレベーターを上って西鉄本社に行きました。

 (大塚)ところが、怒るどころか「面白い」と喜んでくれたんです!さらに嬉しかったのは「新しい駅ビルに劇場ができるので、そこでやってくれないか」と提案してもらえたことです。活動当初は、関係者にこっそり取材をして、いわば裏口から出入りするイメージでしたが、この西鉄に呼ばれたことがキッカケで、堂々と表玄関から入れるようになったんです。

 その「駅ビルの劇場」が、ソラリアステージの6階に4月にできた「西鉄ホール」だった。

 (大塚)ギンギラはそれまで、200人で満員になるライブ会場で総動員1000人という規模で公演していましたが、初めての西鉄ホールでは、2倍の「総動員2000人」に挑戦し、達成しました。その後、動員は増え、西鉄100周年の1カ月ロングラン公演では、1万人にも挑戦。この規模の公演を地方劇団がやるのは画期的なことでした。実現できたのは、西鉄と提携公演をやってきたおかげです。西鉄ホールをホームグラウンドとして活動を続けることで、「プレイガイドで、一般のお客様に切符が売れる劇団」に成長できたことも、とても嬉しかったです。

 地元劇団のこけら落としとして1999年8月27日から29日まで上演したのが、「夏休みギンギラ祭り 豪華3本立て」だった。ごりょんさんの玉屋とマダム大丸の生きざまを描いた「女ビルの一生」と、戦災からの復興を描いた「天神開拓史」、そして流通戦争をまとめた「天神の光はすべて星」の3本立て。ギンギラが設営したホールの舞台に、来場客は驚いた。

 (大塚)舞台で「中洲の玉屋さん」の告別式をやったんです。舞台一面に菊の花を飾り、中央には「大きな玉屋姉さん」の写真を飾って。舞台上の席には岩田屋、川端商店街などの参列者。会場にも「在りし日の玉屋の写真パネル」を展示しました。入ってきた約400人のお客さまは、いつのまにか参列者というわけです。なぜ、舞台で玉屋さんの告別式をやったかというと、取材を通して、僕自身も知らなかった玉屋の歴史に感動したからです。「玉屋が地元のためにどれほどがんばってくれたのか」を、強制的に(笑)お客様にも知ってもらう作戦でした。

 (大塚)そして上演するモノ語りは、福岡の商業を支えてきた「玉屋の思い」を、天神の岩田屋、西鉄、大丸が継ぐストーリーです。玉屋さんの決めぜりふは「いいかい、いくら儲かるからといっても、閉店セールは一回だけよ」。お客さんは大盛り上がりで、笑って泣けるギンギラが確立した公演でした。

 玉屋の人情味あふれる「博多らしさ」は7月15日の閉店の間際に、最高潮に達した。その前日、博多祇園山笠が玉屋を表敬。過去1年間に亡くなった山笠の功労者宅を表敬する追善山(ついぜんやま)に匹敵する最大級の敬意の表し方で、企業に対しては異例の措置だった。そして最後の日の店内の様子は、こう記事に残されている。


 <閉店予定時刻の午後七時すぎから、店内には「蛍の光」が流れた。しかし、売り場を離れない買い物客たち。七時半すぎから正面玄関のシャッターがゆっくりと下り始め、田中丸社長ら経営陣が再び頭を下げた。バラの包み紙を手に最後の客が出て、シャッターが下りたのは午後八時十八分だった>
 

博多駅にも「変化」の足音
 

 1999年はソラリア計画の完成と玉屋の廃業という「ディープインパクト」だけではない。3月には博多リバレインが開業。そして商業集積が進む天神の傍ら、博多井筒屋が孤軍奮闘していた博多駅にも5月、「福岡交通センタービル(現・博多バスターミナル)」が鳴り物入りで開業した。JR博多シティの開業まではまだ遠い月日を要するが、商いの街としての博多復活の足音でもあった。

 (大塚)最新流通シリーズ「天神ビッグ・バン!バン!バン!」では、「博多の最前線で戦う西鉄戦士」キャラとして交通センターが登場しています。バス利用者の利便性のために到着フロアーをJR博多シティに接続、共存しつつ戦いを繰り広げます。

 売り場面積はかつてないほどに拡大した天神だが、2000年代に突入すると、福岡都市圏に相次ぎ進出した郊外型ショッピングモールによる包囲が進んだ。さらには、爆発的な勢いで売り上げを伸ばしていった「見えない敵」ネットショッピングにも押され、百貨店業界は長い停滞期に入る。

 流通を描いてきたギンギラにとっても厳しい時期。しかしその苦境が、作品の幅をさらに広げることになった。次回は「流通」から少し離れた物語へ。

 

<連載リンク>
平成とともに産声を上げた三つのビルの運命 福岡流通戦争モノ語り(1)

ダイエーが押した福岡とギンギラの背中 福岡流通戦争モノ語り(2)

本館新館Zサイド…「盟主」岩田屋、波乱の歩み 福岡流通戦争モノ語り(3)

苦労の果てに幸せつかんだ「マダム大丸」 福岡流通戦争モノ語り(4)

たった一機の初飛行、「最後の一葉」で道を開いた地下鉄 福岡流通戦争モノ語り(6)

ついに出た“玄関口の本気”、JR博多シティの「コト消費」 福岡流通戦争モノ語り(7)

すべては「天神交差点」から始まった  福岡流通戦争モノ語り(8)

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