【人の縁の物語】<41>最期の笑顔 故人らしく 「美装師」藤田さん 心込め化粧、納棺

藤田りつ子さんは「どうすれば一番この人らしいか」を想像しながら口紅の色を調整していく 拡大

藤田りつ子さんは「どうすれば一番この人らしいか」を想像しながら口紅の色を調整していく

 家族が笑顔で「さようなら」を言えるよう、その人らしく装ってあげたい。納棺前に着付けや化粧を施す藤田りつ子さん(58)=宮崎市=は、そんな思いから「美装(びそう)師」を名乗る。旅立ちが美しい思い出となり、家族の心をずっと温め続けるように後押しする仕事だ。

 「今でも、やってもらって本当に良かったなと思い出します」。昨年春に96歳の母親を亡くした宮崎市の喜代子さん(66)はこう振り返る。

 夜明け前から働き、継子の面倒も見た母親は化粧っ気などなかった。それが晩年に生死をさまよった時、頬を指して「化粧してほしい」と言ったことがあった。「やっぱり女性なんだ」と感じたのを思い出し、葬儀のオプションだった「美装」を依頼した。

 藤田さんがファンデーションを塗ると、母親にみるみる血色が戻るようだった。まぶたに淡い紫のアイシャドー。頬と唇はほんのりピンク。白い着物に顔が映えて20歳くらい若返ったようだった。今にも起き上がりそうな姿に、集まった親族も驚いた。

 「一番喜んでくれたのは、本人だと思います」

 遺体を整えてひつぎに納める仕事は、一般的に納棺師と呼ばれ、映画「おくりびと」で注目を集めた。手法は業者によって異なり、藤田さんは化粧品販売の経験を生かして、その人らしい表情の演出を追求してきた。

 大切なのは顔や体を形作る工程。硬直した関節を緩め、きゃしゃになった肩や胸には綿花を詰めて服を着せる。顔も同じ。くぼんだ目、こけた頬もふっくらと、ほほ笑んでいるような表情に仕上げる。「ごめんね、ちょっと入れるよ。向こうで会ったときにいじめないでね」。対話するように作業を進めていく。

 「自分にできないことを、人さまにはできない」と自ら口やまぶたに綿花を詰めて試している。化粧品も遺体専用でなく普通のものを使う。感染症を防ぐために手袋を着けはするものの、最後は外して微調整する。「気持ち悪いなんて思ったことはない。だって、自分のおばあちゃんをそう思う人がいますか」

 藤田さんは娘2人を連れて離婚し、16年前に葬儀社に入った。親の都合で子に苦労はさせまいと「この業界で、なくてはならない存在になる」と仕事に打ち込む。会場設営、霊きゅう車の運転…。何でもこなし「どうすれば家族に喜んでもらえるか」を考え抜いた。

 故人が山登りが好きだったと聞けば、山並みのように祭壇を飾り付けた。EXILE(エグザイル)の公演直前に亡くなったと知れば、記念タオルで枕を作った。ある時、死後数日経過して見つかった女性を担当した。「もっと話を聞いてあげればよかった」と涙を流す娘に「死に方に良い悪いはありません。お母さんが選んだ最期なんですよ」と語りかけた。

 家族の心をもケアし、年間600人ほどを送り出す“売れっ子”となって、1年前に独立した。次女(26)が弟子となって手伝う。「私が死んだときにやってくれる人がまだいない。技術は伝えられても、ものにするかどうかは本人の感性次第ですから」と厳しく、温かいまなざしで笑った。


=2013/11/12付 西日本新聞朝刊=

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