私は「日本語」を学んでいなかった

 「僕は焼酎で」
 「トイレが長いなあ」

 日常的に交わしているこんな会話は、私たちにはもちろん何の違和感もない。ただ、これをインターネットで使える「Google翻訳」に入れると、なんとも妙なことになる。

 I am a shochu.
 The toilet is long.

 英語を話す人に、この文章を見せても「???」となるだろう。さきほどの日本語では省略されている言葉を補い、「僕は焼酎をお願いします」「あなたがトイレを使う時間は長すぎる」といった形にして改めて再び翻訳にかけると、通じる英語になる。

 平易な表現や文の構造、ふりがなを用いて、日本語が苦手な外国人にも理解しやすい「やさしい日本語」。阪神・淡路大震災の際に困った外国人被災者がいた教訓から、研究者らが提唱した。

 今、この「やさしい日本語」への注目が高まっている。入管難民法の改正で、日本で働く外国人が、どっと増えることになるからだ。政府が示す数字は、今年4月から5年間で最大34万5150人に上る。

 西日本新聞は2016年から「新・移民時代」というシリーズで、在留外国人を巡る現状と課題を報じてきた。その一環として、昨年11月に本紙ウェブサイト上で「やさしい日本語」での記事配信を始めた。新聞記事を、分かりやすい日本語に「翻訳」する取り組みだ。

 訪日外国人にも分かりやすい日本語の普及を目指す「やさしい日本語ツーリズム研究会」の協力を受けて始めた。私もトライしたが、難しさを痛感した。

 さらに、やさしい日本語ツーリズム研究会事務局長の吉開章さんは「日本語を母語として話す人が、そうではない人の視点で情報や記事を読むのは難しい。言葉だけではなく文化や習慣の違いもある。例えば救急車が無料で呼べる、地震の時は体育館に避難する、そんな日本の『常識』も外国では違う。そういうときは、補足して説明する必要がある」と指摘する。言葉以外の思わぬ「違い」にも意識をめぐらさなければいけない。

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 福岡市にある「WAHAHA日本語学校」を訪ねた。10年前にオープンし、少人数で生徒のレベルに細かく合わせたレッスンをしている。代表で、日本語教師でもある前川順子さんの話にはっとした。

 「私たちが学んだのは『国語』で、『日本語』ではないですよね」

 30年前から、日本に暮らす外国人との交流に取り組んできた前川さんはこう続けた。

 「だから私たちは日本語の文法や文化を『分かっている』のが前提。でもそこが分からない外国人が増えると、前提が揺らぎます。コミュニケーションをとるには外国人が日本語を勉強するのはもちろんだけど、私たちも伝わる日本語を意識しないといけない。日本人向けの日本語と、やさしい日本語の使い分けが必要になるのではないでしょうか」

 新たに創設される在留資格「特定技能1号」で外国人が入国時に求められる日本語能力は、5段階ある日本語能力試験で「基本的な会話ができる」とされる「N4」(下から2番目)程度。そのN4の「読解」の問題集を読むと、冒頭の方に、文の文法形式を問う問題がある。

 <この本は母に買ってもらえるかもしれないので、聞いてみよう>

 この太字の部分はどうなっているか、選択肢から組み合わせて(買う+_+_+_+_)を答えるというものだ。

答えの部分にはこうある。
「買う」
+「てもらう」(恩恵の授受)
+可能動詞(※ここでは「える」)
+「かもしれない」(推量)
+ので(原因・理由)

 英語のように単語ごとに区切られておらず、しかも片仮名や漢字が入り交じる。そして複雑な文法形式。これを一から理解するのは大変だろう。日本で暮らしながら働く外国人にとって「日本語能力」が大きな壁になるのは容易に想像できる。

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 WAHAHAで学ぶのはワーキングホリデーや、日本に興味があって短期間で日本語を学びたいという人が中心で、欧米系の人が多い。フランス出身の男性は「去年の秋に福岡で選挙があったけれど、ニュースを読むことができなかった。もっと福岡のことを知りたい」。同じくフランス出身の女性は「九州の観光についてもっと知りたい」と話す。

 西日本新聞が始めた「やさしい日本語」での記事についても聞くと、「意味は分かりやすいが自然じゃない部分もある。いつも使う言葉や表現でやった方がいい」「言葉の意味が書いてあると助かる」などの指摘をいただいた。

 「異文化共生」という言葉をひんぱんに耳にする時代。前川さんは「大事なのは違いを尊重して、歩み寄ること。外国人は日本のことを知って、日本人は相手の母国の文化や習慣との違いを思いやる。そうするには日本語も含めて、自分たちのことをもっと知る必要があります」と話す。

 一橋大教授の庵功雄さんが著した「やさしい日本語」(岩波書店)に、心からうなずく言葉があった。

<相手(外国人)の立場に立って話したり書いたりしたものは、わかりやすいものになっている>
<外国人のために日本語を調整する訓練をすることは、自らの日本語運用能力を高める格好の機会になる>

 私は記者を15年以上やっているので「取材ができていれば記事を書くこと自体は難しくない」と勘違いをしていたのかもしれない。やさしい日本語に触れると、「一から出直し」の気分だ。

 私たちの取り組みにはまだまだ不十分な点も多い。でも、これから福岡でもさらに増える外国人との距離を詰める道具になるために、独りよがりにならないように気をつけながら、少しずついいものにしていきたい。

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