賃貸物件、ネーミングの奥深い世界 “無限大”の組み合わせに込められた思いは

 その名前を意識するようになったのは、大学に入ってからだった。

 後期日程入試で滑り込み、あまり考える間もなく決めた都内の軽量鉄骨アパートの名前は「デアピルツ」。当初は気にとめていなかったが、夜勤のアルバイト先からもうろうと帰宅したある日、その表札にふと「何なんだろう」と疑問がわいた。

 英語の「dear」なのか。でもピルツって…と調べてみると答えは「Der Pilz」、ドイツ語で「キノコ」という意味だった。外観は至って普通のアパートだったが、自分はキノコに住んでいたのかと感慨深かった。

 以来、通りを歩くとマンションやアパートのエントランスに掲げられた建物名にしばしば目が行く。福岡市内でも、あらためて街を1時間ほど歩くと以下のような名前が次々に目に飛び込んできた。

 エレガンス/カステリア/ドリーム/ウイングメモリー/サンシャイン/ポラリス/グレイスフル/コモンズ/ラフィーネ/サンセーヌ/エバシオン/ヴエルデ/ファリーヌ/フォーブル/モーリス――。

 これらのネーミングはいつ、誰が、どう決めるのか。福岡都市圏を中心に展開し、福岡県内で最多(約3万3000戸)の賃貸物件を管理する三好不動産(福岡市)を訪ねた。

 「一生懸命こだわるオーナーさんもいれば、そこまでこだわっていない人もいらっしゃいます」。資産活用部門一筋で二十数年、同社で“レジェンド”とも称される資産活用課次長の牛島麻美さんが教えてくれた。

 新築の場合、計画段階で決まっているケースは少なく、入居者募集の直前に決まったり、二転三転したりすることも珍しくないという。

 定番は「片仮名+地名」。先述した片仮名も、いずれも地名が後に続く。そして肝心のワードのチョイスだが、「意味か響きで決める。中には完全な『造語』も」という。

 なるほど、どこを探しても本館が見当たらないのに「アネックス」と名が付いたマンションを見たことがあったが、その明るい響きで名付けられたのだろう。

 主流だった「●●荘」がその座を譲ったのは、「鉄筋の物件が増え始めた40年ほど前では」という。「オーナーの名字+『アパート』(あるいは『ビル』)」が多かったが、次第に「幸福」「素晴らしい」などのポジティブな意味の外国語が冠されるようになり、表現は多彩になっていった。今では「●●荘」のレトロさを、逆に新鮮ととらえる向きもある。

 ネーミングにもちろんルールはない。中にはオーナーの名前を英語に分解したり(天神→ヘブンズゴッド、のような)、子どもの名前のアルファベット頭文字を加えたり、英語とイタリア語を組み合わたり、自由な世界だ。

 牛島さんも、普段の暮らしを彩るという意味を込めて「アンジュール(フランス語で「un jour」=ある1日)」という名前を提案したことあるという。確かに、いい響きだ。ただ、「一度付けるとそう簡単には変えられないので、かなり慎重を期します」と牛島さん。

 ただ、気をつけなければならないこともある。その一つが分譲マンションとの「かぶり」。いくらいい名前だ、と言っても「グランドメゾン(積水ハウス)」や「サンリヤン(西日本鉄道)」と付けるわけにはいかない。

 また、物件名に付ける地名も重要。実際の住所ではなく、駅がある地名の方が、交通の便の良さをアピールできる。しかし中にはだいぶ離れていても「天神東」「香椎南」といった具合で名付けられるものも。間違ってはいないが…。

 人口減少時代にあって住民が増え続けている福岡市では、賃貸物件への資産活用も近年増加傾向。県外からの投資も少なくない。

 その象徴とも言えるのが、九州大学が移転した福岡市西区のJR九大学研都市駅周辺だ。現在の駅を挟む形で1997年に始まった伊都土地区画整理事業の区域(約130.4ヘクタール)内の人口は当初約920人だったが、20年余りを経た今年8月末は約1万3700人。15倍近い激増ぶりだ。

 駅前には分譲物件と区別が付かない重厚なつくりの賃貸マンションが並ぶ。中にありました、福岡らしい「サンホークス伊都」。オーナーの男性(52)は「ホークスの大ファンで」と教えてくれた。入居者も、おのずとホークスファンが増えたという。

 片仮名+地名が定番となっているネーミングに、新たな潮流は――。気になるのがいずれも昨年オープンした「六本松421」(福岡市)と、東京の「GINZA SIX」。いずれも「六本松4丁目2番1号」、「銀座6丁目」という所在地にも由来している。

 三好不動産の牛島さんによると、過去にも「●●21」という数字を冠したアパートがあったという。それは「21世紀」から取った分かりやすいケースだろうと問うと「いや、戸数が21戸だったからです」。

 1棟ごとに、思いが込められた賃貸物件名の世界。返す返す、奥が深い。

PR

社説・コラム アクセスランキング

PR

注目のテーマ