福岡の「細かすぎる音風景」 他の追随を許さない、圧倒的ローカルに学ぶ

ウインドジャマー(風音よけ)を付けたレコーダー。福岡にはどんな音が流れているのか 拡大

ウインドジャマー(風音よけ)を付けたレコーダー。福岡にはどんな音が流れているのか

前田さんにレコーダーを構えて録音の様子を再現してもらった。周囲から見ると、「何かの調査」には見えるが、何をしているのかはわからないだろう 前田さんが働くPAルーム。そこに「自然」はない

 初めて見たときは、ありふれたウェブページだと思った。

 「効果音フリー素材配信」と題して、さまざまな効果音を無料で提供しているサイトなのだが、正直に言うと地味だ。<食べ物><交通><打撃音>などにカテゴリ分けされた音源を、無償で聞いたり、使ったりできる。聞いてみると意外に楽しかったので、いくつか試聴していた。

 もちろん、単なる効果音がそんなに面白いわけではないし、同様のサイトは他にもある。しかしここには、目を疑う効果音のカテゴリがあった。

そのカテゴリとは<福岡>―――。初めて見たときは、衝撃を受けずにはいられなかった。

 音を提供しているのは福岡市の総合映像プロダクション「VSQ」。収録している福岡の効果音は現在95個もある。一覧を見ていると、<天神 地下街><能古島 渡船場>など興味深い。

 その中に、さらに目が点になるタイトルの「効果音」があった。

 <福重 田んぼ>――そこには、そう書いてあった。

 福岡市西区福重、そこは都心でも、大自然でもない、いわばフツーの場所である。その効果音とは…。恐る恐るクリックしてみると…聞こえてきた。遠くを走る車の排気音や、人の足跡、遠くには鳥のさえずり。確かに、「福重の田んぼ」である。しかしなんと前衛的な効果音だろう。

 一覧をよく見ると、「荒津石油コンビナート」「鳥飼八幡宮」など、ちょっと「音」を想像しがたい場所が列挙されている。

 誰が、なぜ。どうしても気になり、VSQに向かった。

◇◇◇

 迎えてくれたのは、VSQ編集部のスタッフ。副部長の大町龍平さんによると、配信サービスは2年ほど前に始めたという。最初は一般的な効果音だけを集めていたが、「ウチじゃないとできないものを」と考えるようになった。着想したのが、福岡の「音」だった。

 さすがプロ。どの音も、さすがにクリアに聞こえる。さぞ重厚な装備で収録に向かっているかと思いきや、サウンドデザイナーの前田博文さん(54)が「本業の合間を縫って」、1人ですべて収録しているというのだ。

 一日で録音する場所は、多くて10カ所に上ることも。場所選びは気の向くまま。番組制作では映像が優先され、どうしても「音」は後回しになることも少なくないとか。後から映像に付け加えられる素材を集める、という実用的な意味合いもある。

 それにしても、名島海岸と奈多海岸(ともに福岡市東区)の違いってあるのだろうか…。

 「波打ち際に砂利が多い名島と、目の細かい砂の奈多では、波音が微妙に違う」と前田さん。姪浜、荒津、唐泊と10カ所以上巡った漁港も「広さで汽笛の響き方が違う」という。

 サウンドデザイナーとして25年のキャリアを重ねてきた前田さん。収録には市販のレコーダーを使っている。大事なのは機材ではなく、「この場所を象徴する音は何か」の見極め。そして、その音を最も効果的に収めるための録音機材の「場所」と「向き」だ。

 百道浜の海岸で、収録を再現してもらった。前田さん、レコーダーを手に持って立ち、動かない。音はどれも数分間に及ぶ。この作業を街中でも、山奥の滝でも繰り返してきたというのか…。

 さすがプロだと感じ入っていると、前田さんも「そりゃものすごく長く感じますよ」。みだりに動くと音が変わるから、始めると動けない。それだけ、最初に決める場所と向きが重要になる。

 苦難もある。佐賀県境の糸島市内の千寿院の滝では、徒歩での帰りで道を見失い、危うく遭難しかけた。そして文字通り「天敵」になるのが飛行機。全国屈指の混雑で知られる福岡空港への航路が上空を走る東区方面では何度も泣かされた。

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 このラインナップの特徴は滝や海岸といった「自然」が多い。なぜだろう。その答えは、前田さんの仕事場にあった。

 音を整えたり、映像に音楽や効果音を載せたりするMA(マルチオーディオ)ルームには窓はなく、晴れか曇りか、昼か夜かも分からない。「そ、外に出たい…」。そんな思いを前田さんが募らせたのは、当然かもしれない。

 マストにロープが当たる音が心地よい小戸ヨットハーバー。「通りゃんせ」のメロディーがシックに響く天神の交差点。犬の吠え声が遠くに聞こえる愛宕神社。「福岡のサウンドスケープ」という唯一無二のコンテンツの真骨頂は、やはり前出の「福重田んぼ」だろう。その最大の魅力は、他の追随を許さないニッチさにある。

 VSQは創業40年を迎えた今年、「ビデオ・ステーション・キュー」から、広く知られてきたその略称に社名そのものを改めた。前田さんは「何でもない音を採るのが一番難しい」と話す。確かに、事件でも事故でもない「普通の日」を記録するのは、映像でも文字でも簡単ではない。

 福重の田んぼに並ぶインパクトを持つ「伊崎漁港テトラポット」の、波が小さくブロック跳ね返る音を聞きながら考えた。表現方法は違えども、私も福岡を舞台にした老舗メディアの端くれ。この視点を見失ってはいけない。

 

細かすぎる「福岡の効果音」おすすめの聴きどころ
「福岡1」http://www.vsq.co.jp/soundeffect/fukuoka/から

朝倉三連水車(朝倉市)=水車で上げられた水がこぼれるリズムが伝わる
藤波ダム(うきは市)=水面は静か。鳥のさえずり
羽根戸古墳群(福岡市西区)=セミの鳴き声が響く
福重田んぼ(同上)=遠くの車の音、近くの足音、鳥のさえずり。自然と人工の両方の音がミックスしている
能古島 (同上)渡船場=防波堤に波が低い音で当たっている
奈多海岸(福岡市東区)=砂浜の少し高めの波音
名島海岸(福岡市東区)=砂利の浜で、奈多に比べると低めの音
小戸ヨットハーバー(福岡市西区)=カモメの鳴き声、ヨットがきしむ音、ポールにロープが当たる音
筥崎宮(福岡市東区)=えさを食べに集まったとみられるハトの鳴き声、遠くに参拝客の声も
伊崎漁港テトラポット(福岡市中央区)=コンクリートのブロックに波が小さく当たる
天神地下街(福岡市中央区)=でこぼこの舗装路を引かれるカートの音。遠くに売り子の声も
かなたけの里公園(福岡市西区)=とにかく穏やか
愛宕神社(福岡市西区)遠くで吠える犬が印象的



「福岡2」 http://www.vsq.co.jp/soundeffect/fukuoka2/から

油山 下り坂(福岡市)=穏やか。遠くに鳥のさえずり、カラスの声も
西鉄大橋駅周辺(福岡市南区)=電車発車のホイッスルからドアの開閉音、車輪が次第に加速する様子も
護国神社(福岡市中央区)=都心とは思えない、油山と聞き間違えるような静けさと鳥のさえずり
大濠公園(同上)=ウオーキングとみられる速めの足音と、湖岸に当たる水の音

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