イカに感謝、通の食べ方は「全刺し」 中洲、生き造り発祥の店で14の部位に命名

 全国のサラリーマンが出張を希望し、暮らした転勤者は口々に「帰りたくない」と訴える――といっても過言ではない街、福岡。その理由は数あれど、代表的なものは食の豊かさだろう。

 名物と言えばラーメン、もつ鍋、水炊き、めんたいこ、ゴボウ天うどん、ゴマサバ…ちょっと待ってほしい。東京ではなかなかお目にかかれない、玄界灘に面した地勢ならではの名物がある。

 それは「イカの生き造り」だ。

 横浜市出身で、東京から福岡市に初めて出張したというIT社員の女性(30)は、「イカのお刺し身は白いもの。透明なんて信じられない」と話す。その魅力をまだ知らない人も全国には少なくないとみられる。

 qBizでコラムを執筆する福岡市のプランナー、中村修治さんは無類のイカ好きの1人。その中村さんら福岡のイカ愛好家が8月8日、約50年前に初めてイカの生き造りを誕生させた福岡市・中洲の料理店「河太郎」に集まり、「烏賊(いか)サミット」と題して魅力と知名度のさらなる向上へ道筋を探った。

産地からの近さが「命」

 「河太郎」は1960年、中洲でいけす料理店として創業した。料理人だった初代社長の古賀光謹さん(故人)が佐賀県の呼子で友人の漁師の船に乗り、魚のえさとして釣られたヤリイカを船上でさばいて提供したところ、漁師たちがその味に驚いたという。

 その後、光謹さんは呼子にイカの生き造りの店を開店。中洲の本店でも提供し、福岡のでも人気を集めた。

 二代目社長の古賀幹一良さんによると、生き造りに最適なイカは、見た目と味のバランスが最も優れている「ヤリイカ」(九州では一般的に、ケンサキイカのことをヤリイカと呼ぶ)。すっとスマートな外見が美しい。

 鮮度が命のイカの生き造りを楽しめるのは当然、産地に近い場所に限られる。「全国いか加工業協同組合」(東京)の野々山浩専務理事は「東京では、生き造りはかなり限られた店でしか提供されない」。2月にチェーンの九州料理店で生き造りを注文したところ「1杯5000円した」。

 イカは養殖に不向きで、供給は漁に頼らざるを得ないのが現状という。さらにその漁獲高は近年、減少が続いている。加工向きのスルメイカだけではなく、生き造りになるヤリイカも例外ではない。

 そんなヤリイカを、料理店では大切に取り扱っている。河太郎の齋藤靖之総支配人は「仕入れが命。気候にも気象にも左右され、これまで取れていたところで取れなくなることも少なくない。自然環境の影響を受けやすい」と話す。さらに「新鮮さが命なので、物流は本当に重要。そしてデリケートなヤリイカが過ごせる自然環境を店内のいけすに再現するのも簡単ではない」と続けた。

 そんな歴史と背景を持つイカの生き造り。透き通った身は、塩だけ▽塩にレモンを合わせて▽わさび醤油――といった食べ方で、その甘みやこくが多彩になり、その歯ごたえとともにやみつきになる。

 そしてもう一つの楽しみが、食べ終わった後の「後造り」だ。福岡では後造りというと、天ぷらか塩焼きがスタンダード。しかし古賀社長によると、しかしイカ通はその両方も選ばない。あらかじめ「全刺し(ぜんさし)」をオーダーするのだ。耳慣れない言葉だが、全刺しとは読んで字のごとく「全て刺身」にすることだ。

 河太郎の代永秀太総料理長が「全刺し」を盛りつけた。三角形の「えんぺら」と胴だけではなく、げそ、目の周りの部分…それぞれに食感、甘み、コクが異なり、味わいの豊かさを再認識した。

 話が横道にそれるが、「ぜんさし」――。記者にとっては、実はちょっとつらい言葉だ。

「この原稿は『ぜんさし』せんとやな」。デスクがこう通告してきたとき、記者はかなりの苦難を覚悟せねばならない。「全さし」とは編集用語(?)でいうところの「全差し替え」。つまり「一から書き直し」である。

 閑話休題。イカ愛好家の中村さんは言う。「なぜ牛肉には部位ごとに名称があるのに、イカにはないのか」。

 牛肉には「ハラミ」「ヒレ」に始まり「イチボ」「ザブトン」など多彩な部位名が、その存在感を高めている。イカにも部位名を付けることで福岡の食文化の中での地位をもっと高めよう。「全刺し」の文化を全国発信することで、イカを通して福岡のさらなる魅力アップにもつなげよう。命名には、そんな思いを込めた。

命名は「発祥の店」で採用

 サミットに参加したのは、プランナーやコピーライター、広告代理店やIT企業関係者など多彩な業種の約20人。内蔵などを除き「全刺し」にできるイカの部位を細かく分けて、そのネーミングを試みた。広告プランナーの中村さんは、「ネーミングする上の基本は▽場所▽カタチ▽機能。この三つを込めて、部位を名付けよう」と呼び掛けた。

そうして決まったのが、次の名前だ。

 

A=かんむり(えんぺら=ひれ=の中でも先端部にある「貴重な部分」)
B=えんぺら
C=さんかく(三角形に由来)
D=みのなか(身の中心部)
E=みのあし(身の足=本来は腕だが=に近い部分)
F=まかない(生き造りでは形をスッキリ見せるために本来は提供せず、まかないとして食べられる部分)
G=なかおち(軟骨の脇のこりこりした部分)
H=つなぎ(身と腕をつなぐ部分)
I=こがね(両目の間にある、とろみのある黄金色の部分)
J=くちばし(口の部分※生き造りでは食べない)
K=くし(げその上部で、形がくしのようなので)
L=にほん(2本ある腕)
M=げそなか(げその中央部)
N=げそさき(げその先端部)


 河太郎の古賀社長も納得。これら14の部位名を今後、河太郎で正式に採用することになった。

◇   ◇   ◇

 限られた資源をいただくことへの感謝を新たにしながら開かれたサミットでは、異業種の参加者間でイカを使った新たな製品の可能性も話し合われ、先々の商品化へ向けた具体的なアイデアも提示された。

 福岡の子どもたちが「烏賊」の漢字をすらすら書けるぐらい、イカを福岡の名物にしよう――。そんな言葉で締めくくられた「烏賊サミット」は今後も継続予定。貴重な海の恵みを巡る新たなアイデアが、福岡の街をさらに盛り上げるかもしれない。

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