街の「ビンテージ」駄菓子屋の価値 脱サラで開業、愛され続いて49年

 のっけから問題です。この写真、いつ撮られたものでしょう?

 わざわざモノクロにしてだましたようで申し訳なかったが、正解は2018年4月。そう、わずか2週間前のものだ。小学校中学年になった子どもが、初めて自転車で校区内を走るのに同行したときのこと。「よく行く駄菓子屋さんがある」というのでついてきた先がここだった。

 たたずまいはレトロそのもの。この「おくりものにたばこ」の看板、幼いころは「たばZ」と読んでいたなあ。それに、公衆電話の「衆」の書体がこれまた味わい深い。引き戸を開けて中に入ると、土間の店内には10円〜50円ほどの駄菓子が棚に並び、一画にはクリーニング済みの服が引き取り主を待っている。

 福岡市西区の「ショップ中村」。店主の中村弘子さん(74)が「来年でもう、50年になるとよ」と教えてくれた。25歳だった1969(昭和44)年10月、なんと脱サラして開業したという。

 中村さんは高校を卒業して民間企業の事務職として働いていた。ずっと「自分で商売がやりたいな」と思っていた折のこと。高度経済成長期の波に乗って店舗を移転し事業拡大する経営者が、空く店の後継を探しているという話を聞き、一念発起して退職。この場所に「中村食料品店」を開いた。

 当時、通りにはほかにも食料品店や薬局など10軒近くの店舗が並んでいた。だが都市化の波で周辺にスーパーマーケットなどが進出。利便性が高まると同時に、店は徐々に姿を消した。

 1992年、中村さんは文字通り店の「看板」だった食料品の取り扱いをやめ、クリーニングの取り次ぎを始める。転勤族も多い街でクリーニングの需要をとらえ、危機をまぬがれた。「いつまでも食料品にこびりつかんで、切り替えたことが、(店が長続きした)秘けつだったかもね」と笑う。今、通り沿いの店は中村さんの一軒だけだ。

 店名はいつの間にか「ショップ中村」に変わっていた。大きな看板はかつて至る所にあった、「コカコーラ」のロゴ入り。「コーラ屋さんが、『今からは<ショップ中村>の方がいい』って言って変えてね。いつだったかね」

 そうして半世紀を迎えつつあるショップ中村。一貫して続けたのは駄菓子の販売だ。毎日、午後には地元の子どもたちが立ち寄り、活気が絶えない。私の子どもも、「コンビニとかスーパーより絶対こっちがいい」と断言する。

 ショップ中村はクリーニング取次店だが、子どもたちにとっては「駄菓子屋」。余談だが、その駄菓子店は激減している。経済産業省の商業統計によると、全国の駄菓子店を含む「菓子小売業(製造小売でないもの)」の事業所数は1994年に52488軒あったのが、2014年には7割以上減って13975軒。福岡市に限っても、同じ期間で479軒から173軒にまで減った。

 クリーニングだけにすると、子どもが寄らない。駄菓子だけにすると、経営が厳しくなりかねない。結果的にバランスを取ったことが、店が長年愛される存在になった理由かもしれない。ちなみに店のオープンから6年後、隣に公園が整備された。期せずして子どもが集まりやすい場所になったことを、中村さんは「運が良かったね」と振り返る。

 スマホでコミュニケーションを取るのが当たり前になった今でも、店前には郵便ポストがあり、公衆電話が稼働している。冒頭に登場したレトロな看板を外すつもりもない。2005年の福岡沖地震の時、受話器を求めて店の前に行列ができたからだ。「街に『駆け込み寺』みたいなところがないといかんでしょ」

 話を聞きながら、この店が長続きした理由が分かってきた。時流を見定め、事業を切り替える。でも取り組みの根幹と思いは、ぶれない。そして中村さんは事業を拡大しなかった。「毎日に、満足しとったっちゃないかな。もうからんけど、楽しいよ」。補足すれば、「大もうけを求めず、楽しんでやる」ことがビジネスを小さくても、長く成功させるポイントなのかもしれない。

 さらに、店は自宅と直結している。かつては当たり前だった「店舗付き住宅」は今で言えば「職住一体型」の働き方。そのスタイルが午前8時から午後8時までという開店時間を無理なく実現している。「開けていないと落ち着かない」と話す中村さんは宅配便も受け付けるし、店内には「警察官立寄所」の札もある。地域になくてはならない存在になっている、と感じた。

 「体力が続く限りは続けたいね。足は痛いけどね」。中村さんは笑うが、現実も見据えている。「私たちは年金あるけん、いいかもしれない。でも本当にこれからも続けるのなら、違うことを考えないかんよね」。確かに、個人営業の小売店を取り巻く環境は、今もこれからも厳しくなる一方だ…。

 ――と、クリーニングを頼む衣類を持って、なじみの高齢の男性が入店してきた。
 「合計は…えっと、726円」
 「お、ご名算やね」
 「2人ともぼけたらおしまいよ」
 そんな軽いやりとりに、店内の笑顔は絶えない。

 長い時間を経ることで高まる価値。ショップ中村は街の一角にたたずむ単なる「レトロ」ではなかった。それは街の記憶を守り、価値を高めてきた「ビンテージ」と言っていい。上書きされ続ける都市でずっと残り続けてきた小さな店は、それだけで貴重な財産だ。

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