「えっ…そんなことをやっていたんですか」と言われる日は、必ず来る

 かごから元気良く飛び立つハトの群れ。この写真が撮影されたのはかつての福岡市・天神。西日本新聞社(旧社屋)の屋上だ。

 ペットではない。撮影した写真のフィルムなどを運ぶために、1958年まで本社で実働していた伝書バトは貴重な戦力。西日本新聞に実在した「写真部ハト係」を「冗談でしょ」思う人もいることだろう。

 私は2001年9月に新聞社に入った。仕事に必要だから、と買うように指示されたのはフィルムの一眼レフカメラ。会社に戻って現像したら、全部露出オーバーで真っ白、という苦い経験もある。次年度入社組はフィルムカメラを買っていなかった。デジタルカメラの支給が始まったからだ。

 原稿送信についても、16年前はまだ、モバイル機器が支給されていなかった。自席から、つなぐたびに「ギガーギゴー」と音が鳴るダイヤルアップ接続を使い原稿を送っていた。

 あれから17年、私たちは当たり前のように、原稿も、デジカメで撮影した写真も現場からインターネットで送信している。

 で、ふと思うのが、「ネットがないころの記者はどうやっていたのか」。

 酒の席で先輩から昔話を聞かされたことがあったが、正直に言うと酒の席ではお説教が混じるので、半分ほど聞き流していた。あらためて知っておきたいと思い、1975年に入社して医療や科学技術の取材を長く担当し、定年後再雇用の現在、私と同じデジタル編集チームに所属する嘉悦洋さん(66)に話を聞いた。

 42年前――。当然だが、そこにはインターネットも携帯電話もない。山口総局(当時、山口市)で駆け出し記者だった嘉悦さん。総局から離れた地域で事件や事故が発生。先輩記者と急行した現場で、取材の前に必ずやるのが、戸別訪問して行う、ある「お願い」だった。

 「すみません、しばらく電話を貸していただけないでしょうか」

 締め切りまでに自分のオフィスに戻る時間はない。現場近くに確実な通信手段を確保して、オフィスにいる別の記者に、電話で原稿を吹き込む必要があるからだ。

 ほとんどの場合、家人は快諾してくれたという。すると若手記者の嘉悦さんは持参した西日本新聞社旗を玄関や庭木などに掲げる。「臨時通信部」の完成だ。

 つい、「えっ…そんなことをやっていたんですか」と聞き返してしまった。

 遅れてきた他社が「ちょっと使わせてくれ」と懇願しても、絶対に応じてはいけない。「ちょっと」のはずが1時間、2時間になり、自分たちが通話できなくなるからだ。作業終了後には、協力していただいた家に謝礼を支払い、重ねて感謝を伝えていたという。

 写真も送らなければならない。嘉悦さんは現地のタクシー会社に電話をかけ、迎車を要請。乗車するのは記者ではなく、フィルムだけ。運転手に託して、オフィスへ急行してもらっていた。

 「通常の取材でも、大量の10円玉が必需品。公衆電話の場所を確認しながら移動していた」と振り返る嘉悦さん。今なら携帯電話でいつでもデスクからの連絡を受けることができるが、当時は記者が会社に所在や行動を定時連絡。気の短いデスクだと、1時間に1回は電話をするよう求めてきたという。

 記事も、原稿用紙に鉛筆で手書きしていた。1985年ごろに発売されたワープロは20万円ほど。これは便利だと自費で購入して原稿を執筆していた嘉悦さんは昔気質のデスクに、怒鳴りつけられ、あ然としたという。

 「原稿は、紙に怒りと社会正義を込めて書くのだ!気迫と根性だ!1枚目をめくったら、2枚目に1枚目の文字の跡が写っているもんだ。なんだお前のその機械は。チャラチャラするな!」――それから1年とたたないうちに、ワープロは社内で正式に導入された。

 ちなみに嘉悦さんが購入した最初のワープロは、1行ずつしか画面に表示されなかった。次に買ったのは3行表示できた。売り文句は「三行革命」だったという。

 伝える技術は大きく変わってきた。でも、「人に話を聞いて書く」という記者のコンテンツ作成の行為そのものには、これまで大きな変化はなかった。

 それが今、AIの台頭で変わろうとしている。

 メディア業界で、導入はどんどん進んでいる。決算短信やスポーツの結果を瞬時に記事化するサービスなど、シンプルで大量なデータがある分野はAIの最も得意とするところだろう。記者が一番恐れる「数字の間違い」を起こすこともない。

 AIではないが、本紙も今年4月、ウェブ上で公開されている福岡市議会の議事録20年分、5万8000件の発言データを分析。20年間一度も取り上げられなかった地名が24もあることを突き止めた。

 さらに分析することで「教育」「都市開発」などのテーマ別の傾向をつかむ取材に応用できる可能性が高まる。もちろん、記者の仕事が機械に完全に置き換わることはない、とは思っているが。

 AIはコンピューターが膨大なデータなどを分析することで自ら学習し、発展的な作業もできる。メディアに限らず、消費者の動向予測や、設備の効率的な維持管理などに活用されていて、福岡市も先日、市内企業のAI活用を推進する官民組織を発足させ、会員企業の募集を始めた。

 技術が急速に進歩する中で、「乗り遅れるな」の大合唱になりつつあるAI。ある法人の幹部は「やらないと、とは思うけど、どうやってやったらいいのか分からない」と焦りを募らせる。

 一方で「そんなものは必要ない」「人間が怠惰になる」という懸念もよく聞く。うん?これは先輩記者の嘉悦さんがワープロを使い始めたときの議論に似ている。

 画期的な新技術は、抵抗を受けながら少しずつ、そしてあるとき一気に浸透するのだろう。余談だが、嘉悦さんを怒ったデスクは、後で「確かに君の言うとおりだった。勉強になったよ」と小さく笑ったという。

 AIについては「人間の存在を脅かす」という危惧もある。そうなるのかならないのか。伝える仕事をする一員としても、まずは知識を身につけるしかない。

 「キーボードをたたいて原稿を入力していた」という話に、「えっ…そんなことをやっていたんですか」と言われる日は、間違いなくやって来る。

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