【人の縁の物語】<42>認知症の母と24年(上) 介護の苦悩 詩に紡ぐ 長崎の藤川さん

両親の写真を飾った自宅の書斎で、介護生活を振り返る藤川幸之助さん 拡大

両親の写真を飾った自宅の書斎で、介護生活を振り返る藤川幸之助さん

 認知症を患った母を24年にわたって介護し、寄り添った長崎市の詩人、藤川幸之助さん(51)。昨年9月にみとるまで、両親への思い、介護生活の大きすぎる苦悩と葛藤、そして喜びを、あまたの詩に紡いできた。母が旅立った後に出版した最新詩集「徘徊(はいかい)と笑うなかれ」(中央法規出版、1400円)から藤川さんの介護の軌跡をたどった。

 「母たのむ。墓たのむ」-。約9年に及ぶ介護疲れもあったのか、急死した父清人さん(享年74)の遺書で、藤川さんの介護生活は本格的に始まった。長崎県の小学校教諭で働き盛りの35歳だった。

 母のキヨ子さん(享年84)は60歳でアルツハイマー型認知症と診断された。物忘れがひどくなり、家族の名前を忘れ、徘徊する。そんな母を、父は熊本の実家で介護していた。

 週末に実家に帰り、父を手伝ってはいたものの、オムツを替えた経験も、介護の技術も知識もなかった。母を施設に預けたが、親戚や周囲の目が気になって後ろめたい。一方、介護で教師の仕事も詩の創作もできなくなるのではないかと、不安や焦りが募った。

 思うように動かない母。優しくしっかり者だった面影もない母。「しっかりせろっ」と荒々しい言葉を投げつけ、紙オムツを替えながら母のお尻をはたいたこともあった。

 当時、社会問題化していた高齢者虐待や介護殺人が、ひとごとには思えなかった。このころの心境は作品「悲しみ」「親ゆえの闇」などに表れている。ぎりぎりのところで藤川さんを踏みとどまらせたのは、母のまなざしと幼い日の思い出だったという。

 ある日、人相が変わってしまった母の瞳をのぞき込んだら、昔と同じだった。「そうか、そうか」と優しくうなずきながら、幼い自分のとりとめもない話を最後まで聞いてくれた母のまなざしがそこにあった。自分を叱りつけているようにも見えた。

 ゆっくりと死に向かいつつも生きる母と、向き合っていない自分に気付かされた。徐々に、藤川さん自身の認知症や介護との向き合い方が変化していった。


=2013/11/19付 西日本新聞朝刊=

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