この70年間、家族のことを思っていたと思う 言葉を刻む(59)

友好紙 社会面

 この70年間、家族のことを思っていたと思う

 (鹿児島市、植村睦子さん)

 終戦間際の1945年7月25日、中国・大連から新潟県・佐渡島に向かって日本海を航行中の輸送船「永安丸」が、鳥取県大山町沖で米軍機から銃爆撃を受けて沈没した。伊地知季一船長=享年45=はじめ21人が死傷、1人が行方不明になった。伊地知さんの長女植村さんは、2015年10月に遺族5人とともに沈没地点で初めて慰霊した。70年を経てようやく訪れることができた父の最期の場所を目にし、涙が頬を伝った。

 =15年山陰中央新報取材、当時84歳

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