鉄砲玉に当たって楽に死にたい、と考えていました 言葉を刻む(62)

友好紙 社会面

鉄砲玉に当たって楽に死にたい、と考えていました

 (沖縄県読谷村、松田栄喜さん)

 1940年2月、陸軍を志願して福岡・久留米の第18師団に入隊。門司港から出港し、41年12月にマレー半島コタバルに奇襲上陸したが、胸に砲撃の破片を受けて負傷した。43年に帰郷療養の許可が下り沖縄に戻ると、45年4月1日に米軍が沖縄本島に上陸。読谷村の自宅から見えた海は米軍の艦船で真っ黒だった。日本軍の命令で家族と離れて南部へ移ることになり、行動を共にした同郷の友人は機銃で腹を撃たれた。友人は「自分はもう生きられない。どこで死んだか家族に伝えてほしい」と言い拳銃で自殺した。

 =2016年琉球新報取材

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