「薪」背負わず、わらじ差し出す金次郎の謎 新潟の小学校に希少像

 わらじを差し出す二宮金次郎像について調べてください-。新潟日報の双方向報道「もっとあなたに特別報道班」に依頼が寄せられた。二宮金次郎(二宮尊徳)は江戸時代の農村改革の指導者。名前を聞いて思い浮かぶのは、薪(まき)を背負い読書をしながら歩く姿の銅像だ。ところが新潟県村上市の岩船小には薪を背負わず、わらじを差し出している像があるという。

 「子どもの頃は特に意識していなかったけど…」。岩船小の本間薫校長は昨春母校に赴任し、改めて金次郎像に着目したという。

 高さ2メートル弱の台座に立つ、約1・3メートルの金次郎像は背中にすげがさ、右手でわらじを差し出し、懐には本がのぞく。昭和40年代に卒業した本間校長によると、当時のままだという。

 なぜわらじなのか。同小の卒業生の伴田美智子さん(77)は子どもの頃、「海が近いから、薪よりわらじがいい」と聞いたと記憶する。同小は海辺から500メートル余り。山に薪を取りにいく姿はリアリティーに欠けるということか。

 岩船小は1873(明治6)年創立。校長室の金庫にあった寄付台帳によると、1904(明治37)年度の入学生一同による「報徳会」が37(昭和12)年に銅像を建立した。戦時中の43年、国の金属回収令により銅の供出が求められ陶製の像に代替。61年9月の台風で破損したことから、同年11月に「3代目」となる現在の像を建てた。

 「報徳会」の代表は佐藤卯蔵(うぞう)とある。「ひょっとして…」と本間校長。学校近くの「佐藤さん」を紹介してくれた。

 卯蔵さんの息子夫婦が健在だった。1枚の写真を見せてくれた。岩船小での金次郎像の除幕式のようだ。眼鏡をかけた卯蔵さんが右端に立つ。よく見るとこの金次郎像、薪を背負っている。3代目ではない。

 生前の卯蔵さんに金次郎像の話を聞いたことがあるという。「本を読みながら歩くと危ないから、わらじにしたと言っていました」。歩きスマホならぬ、歩き読書を危ぶんだのか-。

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