15:28 屋上 「これでは駄目だ」

河北新報連載「あの日、防災庁舎で」#02

 午後3時28分ごろ、防潮堤を越えて津波がみるみるうちに迫ってきた。土煙が舞い上がったかのように海が黄色くかすむ。南三陸町の防災対策庁舎屋上に避難した職員らは、約500メートル離れた河口を見詰めていた。

15:28   

 「町長、この津波おっきいね」。フェンス際にいた企画課の及川逸也課長=当時(56)=が口にした直後、「バリバリ、メリメリッ」。木造の本庁舎が5秒で「くの字」に折れ曲がり、流された。

 「これ、半端じゃねぇぞ」。予想波高6・7メートルの宮城県沖地震と信じ込んでいた佐藤仁町長は初めて危機感を覚えた。

 西側のフェンス近くでは、女性職員2人が流され始めた近くの民家に向かって泣き叫んでいた。「せっちゃん、せっちゃん、何で逃げねぇのぉ―」

 すぐ隣で総務課の佐藤徳憲課長が無言で立ちすくんでいた。役場隣の自宅には、元町職員で妻の節子さん=当時(63)=が愛犬2匹と2階にいた。

 ラジオを取りにいったん家に戻った時、1階から声を掛けた。逃げるよう促したが、節子さんは「逃げてる途中で津波が来ると怖いから、2階にいっから」。2人の最後の会話になった。遠のく自宅をただ目で追い掛けるしかなかった。

 海を見ていた佐藤町長も「こんではせっちゃんが危ねぇ」と佐藤課長の横へ駆け寄った。水かさがどんどん増す。防災庁舎にも危険が迫った。

 真っ二つに割れる本庁舎を目の当たりにした危機管理課の佐藤智さんは、黄色い土煙の奥にさらに大きい波が来るように感じた。「これでは駄目だ」。高さ6メートルほどの鉄柱のアンテナポールを見上げ、よじ登り始めた。

 ポールは全国瞬時警報システムや無線を受信するアンテナだ。配線部分に足を掛ければ登れると思った。偶然、企画課の阿部好伸さん(43)と目が合った。「好伸君、上がれ」。手招きをして2人でしがみついた。

 志津川湾や八幡川を臨む南側と東側のフェンス側にはまだ多くの職員らがいた。携帯電話のカメラで写真を撮っていた。

 1階から外階段を駆け上がってきた企画課広報担当の加藤信男さんは、首から提げた一眼レフのカメラで街がのみ込まれる様子を必死に収めていた。

 少し高い場所からファインダー越しに見ていたせいか、周囲の様子まで気を配れなかった。というより、屋上に迫る波があまりに速すぎた。

15:34   

 降りかかる波しぶきに「あ、もうやばい」。もう一度周囲の状況を撮ろうと、体の向きを変え、「カシャ、カシャ、カシャ」。ピントも合わせず、体を回転させながら夢中でシャッターを押した。写真の時刻は午後3時34分。背後から襲った黒い波にバランスを崩し、あおむけに倒れた。

 2階の災害対策本部から遠藤健治副町長と総務課の佐藤裕さん(40)の2人が最後に上がってきた。3階まで水が達し、役場隣のクリニックが流され始めた。波がせり上がる速さに頭が追い付かない。

 「何だ」「どうなっているんだ」「なんでなんだ」―。ただただ驚きと戸惑いが遠藤副町長の脳裏をよぎった。

 黒い波が高さ約12メートルの屋上に乗り上げ、54人が身構える。アンテナポールの下には、ヘルメットをかぶった職員らが住民を両手で取り囲むように円陣を組んだ。

 「まだ高くなるのか」

 遠藤副町長がそう思った瞬間、目の前に波が迫った。とっさに眼鏡を放り投げ、大声で叫んだ。「みんな、背中向けろっ!」

(肩書は当時)=7回続き

(河北新報 2021年2月24日)

 

友好紙・河北新報「東日本大震災10年特集」はこちら

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