「利益供与と制裁」の菅政治 国民はファミリーではない【中島岳志さん寄稿】

 昨年10月、プレジデント社から『菅義偉の人生相談』が出版された。これは菅首相が官房長官時代に、雑誌『プレジデント』で連載した「戦略的人生相談」をまとめたものである。

 この中で、40代男性の相談が紹介される。彼は仕事につかず、母親と同居しながら、父の残した財産で生活しているという。そんな男性に対し、菅のアドバイスは厳しい。母親に甘え、「負担と不安の原因」になるのではなく、社会に出て働くよう強く促す。すぐ隣のページには「私の原点についてお話ししましょう」というコラムが掲載され、秋田の農家から上京し、苦労を重ねて国会議員になった経緯が書かれている。

 ここから見えてくるのは、菅首相の自負心と承認欲求である。自分はがむしゃらに頑張り、成功をつかんだ。それに対して、親の資産で暮らす中年男性は、楽をして甘えている。許せない。厳しく説教しなければならない。この姿勢が、「自助」を強調し、社会的弱者への厳しい政策につながっているのだろう。

 しかし、自らの家族や親しい仲間内には、態度が一変する。東北新社の総務省接待問題では、長男・正剛氏の存在がクローズアップされた。親族は首相の政治力を背景に地位を築き、官僚の決定に影響力を行使する。

 森功「菅義偉『ファミリー』の研究」(『文藝春秋』5月号)は、東北新社の内部事情と長男・正剛氏の歩みを、綿密な取材によって明らかにしている。正剛氏は大学時代に音楽活動にのめりこみ、卒業直前に「セスブルーズ」という有限会社を立ち上げる。そして、京急川崎駅西口の一角で飲食店を経営する。

 なぜ20代半ばの若者が、京急川崎駅西口すぐという一等地でビジネスを展開できたのか。森は、京急と菅首相のつながりに言及する。菅首相の地盤は横浜。議員秘書時代から、京急との付き合いは強く、国会議員になってからJRや私鉄各社のバックアップを受けてきた。「京急は今も最大の支援企業の一つに数えられる」。京急は菅首相が推進してきたカジノ構想の中核企業である。

 京急は各路線の駅ビルや周辺のテナントの入居を管理している。「正剛が京急の中核駅である川崎駅で店を構えることができたのは、父親のおかげ以外に理由が見あたらない」

 他にも実弟がJR東日本と強いつながりを持ち、ビジネスを展開してきた経緯が示される。そして、正剛氏は放送事業を展開する東北新社に就職。菅首相が第1次安倍内閣で放送事業を管轄する総務大臣を務めた後だ。

 ここで見えてきたのは、国民には自助を説きながら、親しい人間には露骨に便宜を図る姿である。このようなアンフェアな利益供与は、何故行われるのか。それは利得を配分することによって貸しを作り、自己に従順なメンバーシップを整えるためである。

 自分に反逆しない人間をつくる。この目的のために、菅首相は「忖度(そんたく)」というメカニズムを使い、官僚やメディアを従えてきた。自分を批判する人間に対しては厳しい人事を行い、従順な者にはポストを用意する。その結果、上目遣いの体制が張り巡らされ、闊達(かったつ)な議論が起こらなくなる。権力の周辺では忖度システムが起動し、文書改ざんや虚偽答弁が横行した。

 菅首相は利益供与(アメ)と制裁(ムチ)を巧みに使い分け、権力を掌握してきた。そして、それは国民に対しても向けられる。

 菅首相の政治家としてのキャリアをたどると、要所要所で「値下げ」という切り札を使ってきたことがわかる。国土交通省の政務官時代には「アクアラインの料金値下げ」を進め、評価を獲得した。総務大臣時代には「NHK受信料の値下げ」を主張。現在は携帯電話料金の値下げを強く進めている。

 国民への利益供与によって支持を取り付けようとする一方、貧困問題の深刻化を招く自助を強調する。このアメとムチの使い分けによって、国民を飼いならそうとするのが、菅政治の本質であろう。

 国民は菅ファミリーではない。「自助」を説きながら、親しい人に便宜を図る「ねじれ」こそ、徹底的に追及しなければならない。

 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

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