【おひとり介護】<2>母を思わずたたいた

認知症の母(左)に合わせて、一緒に歌う余裕も出てきた 拡大

認知症の母(左)に合わせて、一緒に歌う余裕も出てきた

 結婚していても、きょうだいがいても「おひとり介護」に直面することはある。福岡市東区の杉田孝雄さん(72)=仮名=は2011年3月から、とうに巣立ったはずの実家に戻り、たった一人で認知症の母(90)を介護している。

 大学卒業後に上京して結婚した。流通業の仕事に就き、鹿児島市などを経て故郷の福岡市に戻る。息子2人に恵まれ、市内にマイホームを構えた。息子たちが巣立った後も70歳まで定年延長して働き、妻と2人で穏やかに暮らしていた。

 そんなとき、母の異変に気付いた。1人暮らしの冷蔵庫にトイレットペーパーやせっけんが大量に入っている、話がかみ合わない…。嫌がる母を精神科に連れていき、認知症が判明した。既に要介護3だった。

 10年以上前に逝った父は、仕事もあって施設に預け、妻(72)に任せきりだった。それを悔やんでいたこともあり、妻と協力して母を介護するつもりでいた。母が頼りにしていた2歳下の弟は58歳で亡くなっていた。

 だが、母が妻を拒否した。特に仲が悪かったわけでもないが、妻が実家を訪れると母の目がつり上がる。「何しに来たとね」「帰れー」…。

 杉田さんはやむを得ず、自宅から単身、実家に引っ越し、母との2人暮らしが始まった。認知症は急速に進んだ。

 買い物に出たわずかな時間に、母は大便を手づかみにして廊下や台所の床に塗りつけた。トイレの窓から汚れたおむつを外に投げ捨てた。杉田さんは息をつく暇もなく、追い詰められていった。

 昨年4月、初めて母に手が出た。排せつに失敗した母をトイレに連れていき、始末しようとしていると、トイレのスリッパを投げつけられた。思わず、やせた太ももをバンバンたたいた。

 1カ月後にも、歯磨きを手伝っていて口に含んだ水を吐きかけられ、思わず肩や腕をたたいた。「一生懸命やっているのに、何で分かってくれないのか」。それだけの気持ちだった。

 ある夜、母が普段使わない部屋で電気もつけずに座り込んでいた。息子である自分におびえていたのかもしれない。

 「これが虐待の始まりなのか…」。自分に驚き、自分が怖くなった。すぐに医師に相談。医師は「献身的に介護していれば誰でもあること」と慰めてくれた。

 今も実家での2人暮らしは続けている。

 ただ、母の症状は落ち着いてきた。週5日は、朝から夕方までのデイサービスに出掛ける。月3~4日はショートステイ(短期入所)も利用できるようになった。その間に昔なじみと飲みに出掛けたり、「認知症の人と家族の会福岡県支部」の集まりに顔を出したりして、悩みを発散している。

 今も排せつの世話には苦労するが、気持ちに余裕が出てきた。木曜と日曜だけ終日、母と2人で過ごす。歌ったり、会話にならない会話を続けたり。自分が穏やかだと、母も笑顔になる。大声が出てしまうことはあるが、手が出ることはなくなった。

 朝、杉田さんの顔を見るや、息子の名前も分からない母が「あなたさまがおんなさってよかったー」と笑う。そのたびに、1人でも自宅で母をみとろうという決意が強くなる。


=2014/03/06付 西日本新聞朝刊=

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