【おひとり介護】<3>悩み共有、救われた

仕事と介護の両立、将来の不安などを語り合う「単身介護者の集い」 拡大

仕事と介護の両立、将来の不安などを語り合う「単身介護者の集い」

 「自分が病気になったらどうなるだろう。近所に頼れる人がいますか」。ある参加者がそうつぶやくと、すぐに共感の声が上がる。「私もそれが不安。家で親子とも倒れていても誰も見つけてくれないんだろうな…」

 2月12日の午後。川崎市の公共施設の会議室に、50~60代の男女6人が集まった。「単身介護者の集い」。全員が独身で、一人で親を介護中だ。

 昨年6月に「川崎市認知症ネットワーク」の活動の一環で発足した。現在のメンバーは50代を中心に男女8人。2カ月に1回、介護離職に伴う経済的な不安、社会から孤立する悩みなど、単身介護者ならではの本音を約4時間、語り合う。

 呼び掛け人は、認知症の母(88)を在宅介護していた村林正敏さん(61)。一昨年から「男性介護者の集い」などに参加してきたが、妻を介護する70~80代の参加者が多いため、抱える悩みや不安が異なり、違和感を抱いていた。

 介護と仕事の両立、自らの生活や将来の不安が切実な同世代と話し合いたい。そんな思いで集いを呼び掛けたという。

 村林さん自身の介護が始まったのは15年ほど前。川崎市のマンションで母と2人暮らし。日本語教師として東京都内に勤め、家事はすべて母に頼っていた。

 その母が認知症と診断され、徐々に不可解な言動が増えていった。村林さんの勤務中に、自宅から数キロ離れた場所で保護され、警察から連絡を受けることもあった。外出すると、隣り合った人につばを吐いたり、つえでたたいたりと、目が離せなくなる。

 仕事を非常勤に変えて早く帰宅するようにしたものの、上司に勤務態度を責められた。結局、退職した。

 以来、母の年金と自分の貯金で暮らしている。経済的にどんどん苦しくなると同時に、母をたたいたり、怒鳴ったりするようになった。精神状態は「最悪」だったが、付き合いの長い友達にも話せず、大手企業勤務の弟にも弱音は吐けなかった。

 単身介護者の集いを始めて、気が楽になった。悩みを分かち合えるし、介護に関する情報発信や相談機関の充実を行政に求めるなどの建設的な活動に充実感も味わえた。

 「もし母が死んで介護が終わったら、精神的にどうなるだろうか」。集いでこう打ち明けた村林さんに、メンバーは「その時のための仲間じゃないか」「“介護後”を一緒に考えよう」と応じてくれた。

 そんな話をした直後の2月15日、村林さんの母親が心不全で逝った。予想通り大きな喪失感に打ちのめされる村林さんに、メンバーからメールが届いた。「心中お察しいたします」。一般的なお悔やみの言葉でも心に響いた。

 振り返ると、介護に必要な情報を求めもせず、一人で抱え込んでいた自分が、同じ立場の人と語り合うことで救われてきた。認知症の高齢者は全国に約280万人(2010年)とされ、介護を抱え込んでいる人は同じくらいいるはずだ。

 「これからも単身介護者の集いは続けていく。同じような場が全国に広がってほしいし、そのために働きたい」。村林さんは母の死を乗り越えつつ「おひとり介護後」を模索している。


=2014/03/20付 西日本新聞朝刊=

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