【人の縁の物語】<59完>シイタケ壊滅、有機野菜やカモ肉敬遠され… 原発 風評被害に負けず

営業を始めて1年、地域の人にも愛用されるようになってきた農家レストラン 拡大

営業を始めて1年、地域の人にも愛用されるようになってきた農家レストラン

 ●岩手の農家 田中さん 「師」の教え支えに 
 東日本大震災から3度目の春。岩手県一関市萩荘(はぎしょう)堂ノ沢地区で有機農業を営む田中修さん(57)、真志美さん(56)夫妻の周りでも根雪が解け、暖かな陽光が降り注ぐ。ただ、原発事故に伴う放射能汚染問題の影響はこの地にも及び、手探りの生き方が続く。夫妻の今を支えているものの根っこには、アイガモ農法を確立した古野隆雄さん(福岡県桂川町)の存在があるという。

 埼玉県で暮らしていた夫妻が真志美さんの故郷・一関で就農したのは6年前。修さんはいわゆるIターンだ。農薬や化学肥料を用いない「合鴨(あいがも)水稲同時作」を中心に、牛を飼い、原木シイタケも栽培。牛ふんなどを堆肥に活用する自然循環型の農業を実践し、その意義を伝えたいと農家民泊も受け入れてきた。

 子どもが就職したのを機に「安心な食べ物をつくり出す暮らし」を目指した際、バイブルにしたのが古野さんの著書。農法の参考書としてだけでなく、古野さんが唱える「百姓百作」(百姓は何でも自分でする創意工夫の世界。百の仕事をし、何でも作るから百姓百作)の精神に共感した。

 だが3年前、岩手県内でも放射能汚染地域が見つかり、その風評で収入の柱、シイタケ栽培が壊滅。牛も手放した。契約販売していた有機米・野菜もカモ肉も、検査結果を数値まで公表して理解を求めたが、多くは敬遠された。

 それでも「この地で土、水、空気と向き合っていく」と決意。「百姓百作」を地でいくように昨年3月11日、自宅の庭に農家レストランを開いた。検査をして作物の安全性には自信がある。「もともと自分で食べるための米や野菜。それを顔の見える関係で提供する1人6次産業の試み」と笑う修さん。

 こぢんまりとした木造レストランは、民泊客だけでなく、地元の人にも愛用されるようになってきた。夫妻はそんな日々を、インターネットのブログ「あんすろーじ」(安心な食べ物、スローライフ、自給自足の意)で発信。今や地域で取り組む農家民泊プロジェクトのリーダー役だ。

 取材を終えて別れ際、「古野さんに『勝手にお世話になっています。いつの日か農場をお訪ねできれば』とお伝えください」と託された。思わぬところでつながる人の縁を知った。 =おわり


=2014/04/08付 西日本新聞朝刊=

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