高知駅前3志士像、お役御免はいつぜよ? 「期間限定」のはずが10年に

 坂本龍馬、中岡慎太郎、武市半平太-。高知を代表する幕末の志士の像が、高知市のJR高知駅南口に登場して10年が過ぎた。陸の玄関口の顔としておなじみの存在だが、高知新聞の双方向報道「なるほど! こうち取材班」には「確か、設置は期間限定だったはず」との声も。いつまで置くつもりなのか? 取材班が調べてみた。

 3志士像は2011年、高知県の観光キャンペーン「志国高知 龍馬ふるさと博」の目玉として企画された。特殊加工された発泡スチロール製で、台座を含め全高8・3メートル、1体約200万円で作られた。

 高知県などは当初、高知市の桂浜にある龍馬像の横に、半平太と慎太郎の像を並べて土佐勤王党を再結成する計画だった。ところが、龍馬の“聖地”を使う企画に、県内外から「発想が安易」と異論が噴出。11年3月5日の同博開幕に合わせた披露は延期された。

 後に高知県などは、3月20日から約2カ月間、龍馬像の斜め後ろに2体を置くことを決めたが、これも東日本大震災の発生でお蔵入り。当初から「桂浜後」に予定していた高知駅前に3体が立ったのは11年7月だった。

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 「もう10年かぁ。会社に飾るつもりだったけど、帰ってこないねぇ」

 電話口でそう笑ったのは、像を作った「マリンフロート」(岡山市)の中村俊一社長。テーマパークの車や船の造形を手掛けた実績が買われた。依頼の際は、「展示は半年ほどだと。終わったら引き取るつもりだった」。

 社長が最も自信を示すのが龍馬像だ。モデルは、今も高知県庁知事室にある高さ74センチの像。高知県幹部によると「作者不詳」だが、庁内に何体かある像から「顔が一番かっこいい」として選ばれた。

 小さな像を3Dスキャンし、あの大きさへと再現した。こだわりは、はかま。「実はジーンズ素材だったとの説を本で読みまして。折り目を付けず、わざとモコモコに」

 一方、「何だか、ずんぐりむっくりになってしまって」と声のトーンを下げたのが慎太郎像と半平太像。室戸市と須崎市の銅像の写真を参考に「龍馬像と高さをそろえているうちに顔が大きくなって…」。特に苦しんだのが慎太郎という。

 3体はやはり引き取りを? 「龍馬以外は要らないかな」。申し訳なさそうに笑った。

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 今も駅前に立つ3志士像。観光サイトの口コミ欄には「迫力がある」などと、好意的なコメントが並ぶ。

 ニュースでも頻繁に取り上げられ、交通安全のたすきを掛けられたり、観光PRのためにと横浜市や神戸市に“脱藩”したり。特に注目されるのは台風の接近時だ。

 3体を横に倒し、ロープで固定。3志士は捕縛されたような格好でトラックに載せられ、高知市の倉庫などに運ばれる。駅近くに住む男性は「像が撤去されると、(台風に)気を付けようって思う」と笑う。

 高知県観光コンベンション協会によると、避難は「協会長(副知事)と相談して決める」。避難費用は1回につき約60万円。これまで13回避難しており、単純計算で780万円。

 きつい日差しや雨風でお肌も傷む。14、17年の2度、計約750万円をかけて色を塗り直した。そろそろ化粧直しの時期だが、今のところ予定はないという。

 さて、ここらで肝心の問いを。いつまで駅前に立ち続けるの?

 「当面、動かすつもりはない」と高知県観光振興部はきっぱり。旅番組の冒頭に使用されたり、旅行に組み込まれたりで、「定番スポットとして定着した」ことを理由に挙げた。

 ただ、新型コロナウイルス下の旅行はマイカー利用が増えている。「もっと人が集まる場所への移設も含めて検討したい」とのこと。3志士像が引っ越す日が来る、かも。(高知新聞・福井里実、大野泰士)

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