【華麗なる記憶 近衛家展@九博】<下>近衛家〓 原点は書 文化極める

国宝大手鑑(おおてかがみ)(近衛家〓編奈良~室町時代・8~16世紀※公益財団法人陽明文庫所蔵=会期中展示替えあり) 拡大

国宝大手鑑(おおてかがみ)(近衛家〓編奈良~室町時代・8~16世紀※公益財団法人陽明文庫所蔵=会期中展示替えあり)

近衛家〓像(九峰自端賛・寛深画江戸時代・18世紀※公益財団法人陽明文庫所蔵) 詠草「泊瀬山」(藤原定家筆、鎌倉時代・13世紀※公益財団法人陽明文庫所蔵=5月13日から展示) 京都御苑にある近衛邸跡。春は桜の名所として親しまれている

 細く、ふくよかに、流れるような筆遣いは藤原定家のもの。自らの歌をしたためた詠草「泊瀬山(はつせやま)」である。近衛家第21代当主・近衛家〓(いえひろ)(1667~1736)は、鎌倉時代を代表する歌人の筆を尾長鶏(おながどり)やオウムをあしらった裂(きれ)(布地)で、洒脱(しゃだつ)に表装した。

 掛け軸の上部から下がる二本の帯(風帯)によって尾長鶏がとまる空間をクローズアップし、奥行きを演出している。おおらかな構図ながら絶妙なバランスで、定家の書を引き立てた。家〓は、この作品を大いに気に入り、茶席の掛け物にしていたという。

 表具の名人にして、江戸中期を代表する茶人。学問、絵画、鑑識…と、秀でた分野は数知れず。九州国立博物館で開催中の「近衛家の国宝 京都・陽明文庫展」では、当代きっての文化人・家〓の仕事をたどることができる。

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 家〓の肖像画がある。関白、摂政、太政大臣などを務めた後、59歳で出家した後の姿で、没後、息子の寛深(かんじん)が父の徳の厚さをしのんで描き写したとされる(原本は渡辺始興画)。鋭い目には聡明(そうめい)な光が宿るが、口元は優しく、無邪気でさえある。教養人であると同時に、遊び心を忘れない風流人だったのだろう。近衛家の名宝を管理・収蔵する陽明文庫(京都市)の名宝図録によると、「生来学を好み、幼くして書画の才に非凡なものがあったが、長じてはあらゆる事柄を根本から追求してやまない学究的資質と相まって、文雅芸道に卓抜の才をもつようになった」という。

 好奇心の原点は、書。低俗になっていた上代流(平安期の書法)の復興などに貢献したが、自ら筆を執るだけではなかった。いにしえの天皇や公家、僧侶、歌人らの古筆(優れた筆跡)を鑑識し、切り取って分類・整理し、台紙に貼りつけて鑑賞した。切り取った古筆切(こひつぎれ)を307枚集めた上下巻の大カタログが「大手鑑(おおてかがみ)」(国宝)だ。古筆を一冊にまとめる「手鑑」は桃山時代以降の流行だったが、家〓のコレクションは内容も規模も群を抜いていた。手鑑の巻頭には写経の断簡「大聖武」を貼るのが約束事で、お経の数行が手鑑の価値を決める。数行でも国宝級とされるが、「大手鑑」は20行もある。五摂家の筆頭、近衛家ならではの収集力だろう。書としての価値はもちろん、古筆切一枚一枚に時代や文化人たちの息づかいが凝縮された、一つの小宇宙なのだ。

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 家〓の研究熱心さと探求心には、目を見張るものがある。名筆を臨書(模写)すると、そっくりそのまま。今回展示されている空海筆「風信帖」の臨書でも、大小、濃淡だけでなく筆の勢いまで正確に写し取っている。

 家〓は、書から人を感じ取っていた。九州国立博物館の丸山猶計(なおかず)主任研究員(日本書道史)は言う。「古い筆跡を追いながら、書き手や時代と対話していたんだと思います。ともに呼吸するように模写をしていた」

 作品を通し、上代の人々と対話する姿勢は、冒頭に紹介したような表具のデザインにも生きていた。侍医・山科道安が記録した「槐記(かいき)」には、家〓の表具観が伝えられる。「総ジテ表具ノトリ合ト云コトハ、第一ニ一軸ノ筆者ヲ吟味シテ、此人ハドレホドノ服ヲキルベキ人ゾト工夫シテ、其人ニ相応ノ切ヲツカフコト、是第一ノコト也」。表具の取り合わせでは第一に筆者を吟味し、どれほどの服を着る人かと考え、ふさわしい表具裂を使うことである-。

 文化芸道に没頭できたのは、公家をとりまく時代背景もあった。同博物館の荒木和憲研究員(日本中世史)は「禁中並公家諸法度(きんちゅうならびにくげしょはっと)が発布され、公家は必然的に、政治よりも文化や儀礼に集中することになったんです」。

 晩年になり茶人として活躍した家〓は、書、画、鑑識など生涯で培った教養を総合的にプロデュースするかのように、308回の茶会を開いた。

 春の京都を歩く。鴨川の流れをながめ、近くに家〓の茶室があった二条大橋を過ぎ、京都御苑へ。今出川御門から入り、緑に覆われた道を歩くと、視界が開け、近衛邸跡が広がった。かつて家〓も風雅な暮らしを送った場所だ。春先には、「近衛の糸桜」として親しまれるしだれ桜がある憩いの場所になっている。立て札には、孝明天皇の歌があった。「昔より名にはきけども 今日みれば/むべめかれせぬ/糸さくらかな(昔から、名前だけは聞いていたが、今日見てみると、なるほど、本当に美しい糸桜である)」

 伸びやかに枝を広げる桜の姿に、広大な屋敷の面影を重ね、「近衛家は、宮廷文化の雅を後世に伝え残し、今に受け継いできた」という陽明文庫の名和修文庫長の言葉を反芻(はんすう)する。現代でも、「日本のオーケストラの父」と呼ばれた近衛秀麿など多くの芸術人を輩出してきた近衛家。家〓の時代にひとつの華を迎えた文化の系譜は、脈々と受け継がれている。 

 ▼華麗なる宮廷文化 近衛家の国宝 京都・陽明文庫展 6月8日まで、福岡県太宰府市の九州国立博物館。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録された藤原道長の直筆日記「御堂関白記」など、京都の公益財団法人陽明文庫が所蔵する近衛家伝来の品々を中心に114件(国宝18件、重要文化財34件、重要美術品13件)を展示する。期間中一部入れ替えがある。一般1500円、高大生1000円、小中生600円。月曜休館(5月5日は開館)。

 NTTハローダイヤル=050(5542)8600。

 ※〓はすべて「にすい」に「熙」

=2014/05/01付 西日本新聞朝刊=

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