テストとどう向き合う 国学院大教授 滝井章さんに聞く 学びと教え 改善の機会に つまずき生かして

 「テストをやります」という先生のひと言に、生徒たちが「えーっ」。よくある教室の風景だが、テストの点数には子ども、親、先生ばかりか政治家までもが神経をとがらせる。学校教育につきもののテスト。どう向きあえばいいか。元小学校教諭の国学院大教授、滝井章さんに聞いた。

 子どもの多くはテストの点数を上げるために勉強すると思っている。親も「テストがあるから頑張れ」と子どもを励まし、勉強させるための道具としてテストを使う先生もいる。

 こうみると、学校教育がテストを中心に回っている気がするのも無理はない。点数が悪いと、返されたテストをこっそり捨てるという笑えない話もよくある。テストの点数がそれだけ大きなプレッシャーとなってのしかかっている。

 テストは本来、子どもを追い詰めるためでなく、学びを改善し、成長を助けるためにある。見つけたつまずきをちゃんとフィードバックしてあげれば、成長を支える有効な道具になる。

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 先生にとっても、授業が子どもに届いているか、振り返る機会である。テストを学びと教えの改善のために使うことが肝心なのだ。点数をいくら眺めても、子どもがどこでどうつまずいたか、見えてはこない。

 点数は、子ども同士を比較したり、ランクに分けたり、入試で差をつけたりするために使ういわば管理のための道具であり、学び改善の手掛かりを教えてくれるものではない。点数で目がくらみ、子どもの学びが見えなくなるようなことになれば元も子もない。

 大切なのは、テスト後の子どもの記憶が新鮮なうちに、フィードバックする時間をたっぷりとることだ。そこでつまずきを解消できるか、勝負どころだ。

 テストで90点とっても、マイナスの10点分を放置すれば、長い間には分からないところが雪だるま式に膨らんでいく。それよりも、60点でも、できないところをしっかりフィードバックしてもらった子の方が将来はずっと明るい。

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 先生も、親も、子どもの学びにどう寄り添えるかが問われている。

 テストの丸付けをすると子どもの思考回路が見えてくる。50点でも、間違いはいつも計算のところ、考え方はできている。ならば計算力を付けるよう指導しよう-と方針が立てられる。

 子どもも自分の手の届くフィードバックで、分かった、できた、という達成感を味わえば、テストとの向き合い方も変わるだろう。

 先生に返されたテストを見て、どうして間違えたか自分で調べ、それでも分からないところを聞くというような、自ら学ぶ姿勢を持てるようになれば最高だ。

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 都市部の小学校では、7~8割が塾に通うクラスもある。授業する前に、これから学ぶことを知っている子も多い。例えば分数の割り算は、計算の仕方を知っていればテストではいい点をとれるだろう。だが「どうして割る数の分母をひっくり返して掛けるの?」と聞くと、答えられない子が多い。つまり、分かっていないのである。

 知っていることと分かっているかは別の話。点数だけでは見えない、しかも大切なことがたくさんある。

 私は算数・数学が専門だが、考え方によっていろんな答えのあるオープンエンドの問題を出している。いろんな角度から物事を考えられる思考力を育てることが、変化の激しいこれからの時代を生きる子どもたちに必要と思うからだ。

 文部科学省の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)は、先生が採点もせず、結果の返却は何カ月もたってから。いくら授業改善に生かせといわれても、相当に無理があると考えるのが普通だろう。

 ▼たきい・あきら 国学院大教授(算数・数学教育)。日本数学教育学会常任幹事。大卒後、都内の公立小教諭を歴任。2009年から現職。「よい算数の授業をつくる」など著書多数。1957年、東京都生まれ。


=2014/05/06付 西日本新聞朝刊=

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