【こんにちは!あかちゃん 第17部】おなかの命は… 中絶を考える<1>年19万件、8割が適齢期

 相反する感情が行ったり来たり。「逃げたい。今なら間に合う」「産んでどうするの」。熊本県で暮らす洋子さん(42)は、産婦人科の入り口で足が震えて進めなくなった。悩み抜いた末、第4子の中絶を選択した。

 3年前、おなかに4番目の命が宿った。保育所に通う3人の子の世話に追われつつも、きょうだいで一緒に遊ぶ姿に成長を感じていたころだった。「もっとにぎやかになりそう」。医師に妊娠を告げられ、喜びをかみしめた。

【中絶を考える】父親のいない子がどんな目で見られるだろう…ピンチはすぐに訪れた

 

 家族の反応は意外だった。夫に伝えると困ったような表情を見せた。孫の面倒を見てくれている双方の親は、はっきりと反対した。「3人でも大変なのにお金が掛かるぞ」「成人するとき、何歳か」。「赤ちゃんが来る」とはしゃいだのは子どもたちだけだった。

 諦めようと思った翌日には、産もうと考え直す。1カ月近く悩んだ。その間、親の反対は変わらず、夫も味方になってくれなかった。誰からも歓迎されないのなら、この子は幸せになれない…。共働きで親の協力がなければ両立できないという事情もあった。

 中絶後はふさぎ込み、誰にも会いたくなかった。仕事も数カ月休んだ。職場に妊娠を知らせていたので、どんな顔をして行けばいいのか。産めなかった赤ちゃんに対して、日常に戻ることへの後ろめたさもあった。

 「結婚して子宝にも恵まれ、中絶なんて無縁だと思っていました。10代や未婚の人がするものだというイメージがあったから。周囲の反対があったとはいえ、決めたのは自分。いつまで責め続けるのでしょう」

 《19万6639件。2012年度の人工妊娠中絶件数(厚生労働省調べ)だ。この20年ほどで半減してはいるものの、出生数などから推測すると胎児6人に1人ほどの割合となる。多くを占めるのが20~30代の“出産適齢期”で全体の8割にのぼっている=グラフ参照》

 いつまで…。40年たってなお悔いている人もいる。

 長崎県内の会社に勤めるミチさん(66)は20代半ばで第3子を中絶した。1歳と2歳の子がいて、家族に「育てられないだろう」と諭される。当時の中絶数は年間70万件ほど。医師にも開口一番「どうしますか」と問われた。1970年代、今より抵抗感は薄い時代だったのかもしれない。

 初めは中絶した事実を忘れようと思った。自分が責められているようで「命を大切に」という聞き慣れた言葉にも耳をふさいだ。だが、身ごもった自分が覚えていないと、確かにそこにあった命がなかったことになってしまう。次第に心が溶け、1年後、性別がどちらでもいいように「歩」と名付けた。

 そしてやっぱり、もう1人欲しくなった。10年後に妊娠、出産。何とか育てられた。だから余計に後悔が募った。

 「今も巣立った子どもたちが帰省して家族で食卓を囲むと、ふと悲しくなるんです。本当はもう1人いたんだと…。あの選択は一生背負っていかなければならないのでしょうね」 (文中仮名)

    ◇    ◇

 少子化の裏側で中絶が絶えない。「未婚だから」「経済的に苦しい」「仕事を中断したくない」「障害が見つかった」…。さまざまな理由、望まない妊娠だった場合もあるだろう。一方で、産み育てやすい社会であれば、19万余の命の多くが失われずに済むのではないか‐。当事者の思いや支える人たちの姿から考えたい。


=2014/05/13付 西日本新聞朝刊=

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