【こんにちは!あかちゃん 第17部】おなかの命は… 中絶を考える<3>わが子を「託す」選択も

産婦人科でもらうエコー写真を見ながら、育てられるかどうか悩む女性もいる 拡大

産婦人科でもらうエコー写真を見ながら、育てられるかどうか悩む女性もいる

 携帯電話に1枚だけ残る生後3日目のわが子の写真。気持ちよさそうに眠っている。時々眺める。もう会えないけれど…。

 サエさん(25)=仮名=は昨秋、わが子を特別養子縁組を前提に養親に託した。シングルマザーとして既に子どもが1人いて経済的に厳しい。それでも中絶できなかったのは「本能みたいなもの」と振り返る。

 おなかが膨らみ始めたころ、テレビで見た「こうのとりのゆりかご」を思い出した。熊本市の慈恵病院が親が育てられない子を匿名で受け入れているという。病院には、望まない妊娠だけでなく、自分のように産むと決めたものの途方に暮れている人も問い合わせてくるそうだ。

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 周りに悟られないよう、おなかの目立たない服を着て働き、旅費をためた。妊娠はあかちゃんの父親以外、告げなかった。

 予定日が近づき、熊本市内のホテルに滞在した。1週間待っても陣痛が来ない。お金が尽きかけた矢先に破水。慌てて病院に電話を入れ、タクシーに飛び乗った。到着後すぐ、特別養子縁組についての説明を受ける。そんな制度があることを初めて知った。子を望む家庭に託すなら、きっと幸せに過ごせる。陣痛に耐えながら心を決めた。

 出産後、抱っこはしなかった。別れがつらくなると思ったから。ただ、入院中に一度だけ、新生児室にいる姿をガラス越しに見た。安らかな寝顔に少しだけ救われた気がした。

 「目元と口元が自分にそっくりで…。産んで良かった。無責任だと自分でも思う。これが私にできる精いっぱいでした。ただただ、幸せになってほしい」

 もちろん、望まない妊娠を回避することが先決なのは言うまでもない。それでも授かった以上、育てられないなら「託す」という選択肢は確かにある。

 昨年5月、熊本市の福田病院が医療機関としては初めて特別養子縁組のあっせんを始めた。1年で4件を養親につないでいる。その際、助けてくれる家族はいないか、受けられる支援はないか、出産前の母親からじっくり話を聞き、客観的に評価する。最終的には、出産後5日間ほど母子で一緒に過ごし、本当に手放していいのか、母親にあらためて考えてもらう。

 福田病院地域連携室の下園和子さんは、こう話す。

 「特別養子縁組を希望していても、まずは自分で育てられる方法を探ります。その段階で気持ちが変化する人もいるからです。少しでも育てたい思いがあるなら、実現できるよう一緒に知恵を絞ります。託すのはあくまで最終手段ですから」

 やっぱり育てたい-。久美さん(26)=仮名=は3カ月前に出産した直後、思い直した。そして同じ「託す」でも「一時的に」を選択することにした。

 妊娠に気付いたとき、母体保護法で中絶できる妊娠22週未満はとうに過ぎていた。もっと早く気付いていれば…。そんな悔いも、初めて抱いたわが子のぬくもりが吹き飛ばしてくれた。実家の親と疎遠になっていたこともあり「唯一の心強い家族ができた」と思った。

 ひとまず北部九州にある乳児院に預けた。今はまだ仕事が見つからず、育児ができる環境ではない。当面の目標は、一日も早く安定した職に就くことだ。

 「親になって初めて、中途半端は駄目だと思うようになりました。いつか必ず一緒に暮らしたい」

 ●メモ=特別養子縁組

 血縁関係のない大人と子どもが法律上の親子関係を結ぶ制度。実の親との法的な関係を断ち、戸籍にも「長女」などと記載される。家庭裁判所の審判を経て成立する。

 「こうのとりのゆりかご」を運営する慈恵病院では、2007年から今年3月までに204件が民間団体などのあっせんで特別養子縁組につながった。基本的に実の親の同意が必要で、慈恵病院の田尻由貴子さんは「こうのとりのゆりかごに預けても親が分からないケースは難しい。特別養子縁組を望むなら出産前に産婦人科などに相談してほしい」と話す。


=2014/05/15付 西日本新聞朝刊=

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