博多ロック編<203>閉ざされた発祥の地

「ぱわぁはうす」のマッチ(デザイン・毛利一枝) 拡大

「ぱわぁはうす」のマッチ(デザイン・毛利一枝)

 TNCが制作したドキュメンタリー「還暦ロック」が放送されたのは2007年7月である。還暦を迎えた「サンハウス」の柴山俊之に焦点を当てた作品だ。この中には柴山が30年ぶりに福岡市・須崎にあった地下1階のロック喫茶「ぱわぁはうす」の跡を訪ねるシーンが収録されている。

 「ここがあったからサンハウスがあった」

 「毎日、ここに来ていた。タダで演奏させてもらう場所は他になかった」

 「(アルバムの)『有頂天』『仁輪加』の全曲はここで練習した」

 柴山は「サンハウス」の出発、原点になったこのロック喫茶についてこのように語っている。

 「ぱわぁはうす」は1978年ごろに店を閉じた。その年に「サンハウス」は解散した。1983年、2010年など数回、再結成してツアーライブを打っている。10年の福岡でのライブの後、柴山や鮎川誠、篠山哲雄などメンバーも「ぱわぁはうす」跡をのぞいている。

 07年に柴山が訪ねた映像には壁がはがれ、がれきが散乱した荒廃した風景が映し出されている。

 10年にメンバーが足を運んだときには「パワーハウス」の看板がかかっていた。

 ×    ×

 「還暦ロック」の放送の余波は思わぬ形になった。「ぱわぁはうす」などが入っていたビル(6階建て)を買った不動産業の根津阿蘇歩(63)は「還暦ロック」の取材によって物置同然の地下が伝説のロック喫茶であることを初めて知った。

 「ここでライブハウスをやりたいと思いました」

 根津は「ぱわぁはうす」の店主だった田原裕介と連絡を取った。了解を求めた。

 「名前を使わせてほしい」

 「使わない方がいいのでは」

 田原はこう言ったが、根津はライブハウスとカラオケが一緒になった「パワーハウス」をオープンさせた。

 根津は一昨年にビルを売却、地下だけは借りて営業していたが、昨年10月に店を閉じた。

 この閉店直後、この地下に入ってみた。柴山、鮎川、山部善次郎など多くのロッカーたちやファンが踏みしめた階段を下りていくと、右にトイレ、そして当時のままの空間がある。

 柴山が「足を向けては寝られない」と言った場所だ。博多ロックの発祥の地である。ここにいると1970年代のロックの叫びが聞こえてきそうな錯覚にとらわれる。

 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2014/05/19付 西日本新聞夕刊=

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