【耕運記】有明海再生 森と里と海「連環」が鍵

有明海の「命の源」とされる筑後川。筑後大堰による取水の影響が指摘される 拡大

有明海の「命の源」とされる筑後川。筑後大堰による取水の影響が指摘される

 緑鮮やかな季節になった。先日、森林を歩きながら、降り注ぐ木漏れ日が海原のきらめきと重なり、ふと思い出した。「宝の海」も森の恵みだったなあ、と。

 福岡、熊本、佐賀、長崎4県に囲まれた有明海。特徴は「濁り」にあり、それが「宝」を育んできたという。京都から研究に通い続けて35年、京都大名誉教授の田中克(まさる)さんは「やっと本質が見えてきた」と語る。

 島原半島と天草に外海への出口を挟まれた閉鎖性の強い海域が、ムツゴロウなど特産種をはじめ多様な魚介類と漁業生産をもたらした。その命の源は九州最大の河川、筑後川と国内の40%に及ぶ広大な干潟にある。1990年代以降、変わり果てた。「瀕死の海」となった主な要因を田中さんは三つ挙げる。

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 一つは筑後川から大量に砂を採取してきたこと。経済成長が最優先の時代、コンクリート構造物に変わった。本来なら海に流れ込み、循環しながら干潟へ供給されるはずの砂が不足した結果、海水を浄化する腎臓の役割を担う干潟が疲弊。アサリなど多くの生物がすめなくなった。そのため増殖したプランクトンが海底にたまり、微生物が分解する段階で大量の酸素を消費することになり、貧酸素状態を招いた。

 二つ目は河口から23キロの筑後大堰(ぜき)(福岡県久留米市、佐賀県みやき町)。85年から福岡県南、福岡都市圏などの水道水を取水している。筑後川には上流の九重・阿蘇山系から火山性の鉱物粒子が流れ込み、真水と海水の混じる河口の汽水域で互いに凝集する。大きくなった粒子の周りにはプランクトンの死骸やバクテリアなどが付着する。これが濁りの正体。この「栄養豊富な濃厚なスープ」(田中さん)は、稚魚やその前の仔魚(しぎょ)の餌となるアミ類や動物プランクトンの栄養源だ。豊富な魚介類を育んできた連鎖の基盤が、大量の取水によって崩れたわけだ。

 もう一つは97年の諫早湾の潮受け堤防と干潟の埋め立て。海水の循環を断ち、湾奥部にある日本で最も豊かな干潟を喪失させた。

 三つの要因に共通するのは、人間の暮らしや産業活動が森と海のつながりを分断したことだ。田中さんは森から海への多様なつながりをひもとく学問を「森里海(もりさとうみ)連環学」と名付け、有明海再生の基本理念と位置付けた。つながりを取り戻すために「海は共有財産」という意識改革を流域や都市の住民に訴える。

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 有明海は現在、連鎖のバランスを崩したまま死の海に向かう負のスパイラルの中にある。これを正の方向に転換させる糸口にしようと、森から流れ出る栄養塩類をプランクトンが取り込む際に必要な「鉄」を補う試みが、4月23日付の本紙社会面で紹介したアサリ復活と干潟の再生実験だ。

 実験はさらに、それを支える市民団体も生んだ。NPO法人「SPERA森里海 時代を拓(ひら)く」(内山里美理事長)は「自然と自然、人と人、自然と人がつながる」ことを目指し、高校生ら住民向けの勉強会など地道な活動を続ける。

 九重・阿蘇山系をはじめ背振山系、多良山系、雲仙岳など周囲を囲む山々がもたらした有明海。再生には「人の輪」が鍵を握る。

 新緑の香る今、家族や友人と山に出かけ、森の恵みと、確かにつながっている海に思いを致してみてほしい。

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 田中さんの著書「森里海連環による有明海の再生」は6月、花乱社から刊行予定。


=2014/05/21付 西日本新聞朝刊=

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