大災害2度、増改築重ね…“熊本の街のシンボル”鶴屋70年の変遷

 6月22日に1952年の開業から70年を迎えた鶴屋百貨店(熊本市中央区)。今や街のシンボル的な存在となっている鶴屋の建物だが、「創業時に建てられたのでしょうか」との質問が、熊本日日新聞の双方向報道「SNSこちら編集局」に寄せられた。「郷土のデパート」はどんな歴史をたどってきたのか-。熊本に生まれ育った記者(22)も気になる“真相”を追った。(熊本日日新聞・横川千夏)

売り場面積は17倍に

 「入り口は昔と変わっとらんなあ」。54年に鶴屋に入社した杉本晋康さん(86)=熊本市東区=は懐かしそうに語る。「入り口」とは通町筋に面する本館西側の正面玄関のこと。外観は様変わりしたものの、正面玄関の位置と向きは当時のままだという。

 開業時の鶴屋は鉄筋コンクリート3階建て(地下1階)。杉本さんが入社したのは6階まで増築した直後だった。杉本さんは当時、地下の食品売り場を担当。「売り場は今よりずっと狭く、特に年末は正月用品を買い求める客で人が通れんくらい混雑した」と振り返る。

 鶴屋の池内靖・建装部次長(54)によると「正面玄関のある西側部分は開業時からの『旧館』が基礎になっている」という。54年に6階まで、56年には各階をL字形に増築して売り場面積を広げた。しかし、売り場の拡張は当時の「百貨店法」の規制を受けて中断。次に増築が認められたのは72年だった。

鶴屋百貨店の本館地下1階。左側が創業時からの旧館部分で、右側が1973年に増築された「新館」部分

 73年、東側駐車場跡に8階建て(地下2階)の新館がオープン。旧館の外観も統一し、現在の「本館」の姿がほぼ出来上がった。2002年に東館と「New-S館」が開業。売り場面積は現在約6万8千平方メートルと開業時の17倍に広がった。

つないだ「おもてなしの歴史」

 鶴屋はこれまで2度、大きな自然災害に遭遇した。開業翌年に「6・26水害」が発生し、地下と1階が土砂に埋まった。2016年の熊本地震では、屋上の塔屋や一部売り場で天井が崩れるなどした。それでもわずか1カ月半後に全館を再開。「81年と98~99年、08年の3回にわたる耐震補強が奏功し、大きな被害は免れた。17~18年にも補強工事をし、安心して買い物をしてもらえる環境を整えている」と池内さんは言う。

 創業時の従業員は285人。現在は取引先を含めると約2700人が鶴屋で働いている。大勢の従業員が建物とともに「おもてなしの歴史」をつないできた。ベテラン販売員の坂口咲子さん(64)は、「商品を売るだけではなく、目の前の人に何をしてあげられるかを常に考えている」と心構えを語る。

 坂口さんはベビー用品売り場を30年以上担当。来店した妊婦の体調を気遣い、おなかの赤ちゃんにも優しく声をかける。「『あの時の赤ちゃん』が父親や母親になって来店してくれることも。お客さまの家族の一員になったような気持ちです」

 取材を通して分かったのは、建物の変遷だけではなく、客との信頼関係を築いてきた従業員たちの努力と誇り、責任感の大きさだった。

 

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