【踏みだすグループホームおるげ 胎児・小児性水俣病患者】<中>自律 健康守る生活へ決意

 胎児性水俣病患者の長井勇さん(56)は4月、生まれ育った鹿児島県出水市から熊本県水俣市に住民登録を初めて変更した。胎児・小児性患者たちのグループホーム「おるげ・のあ」に入居し、1人暮らしを始めるに当たっての、決意表明だった。「やっぱり一度は家を出たかった」

 母親のチカエさん(82)は不安もあったが、県境で接する両市は生活圏として同じ地域であり、息子の意思を尊重した。「親も年を取った。一生世話すると思ってきたが、心身ともに限界を感じるときもある」。水俣病公式確認から58年が過ぎた今、胎児・小児性患者の親の世代は80代以上がほとんどだ。

 長井さんは2010年ごろ、急に車いすから降りられなくなり、はって移動する際も手で体を支えられなくなった。異変を感じ取ったチカエさんは「勇がおかしかですよ」と、息子が通う患者交流施設「ほっとはうす」(水俣市)施設長の加藤タケ子さん(63)に電話した。「急激に筋力が落ちるのも、医学的に未解明の胎児性患者の症状だと思った」と加藤さん。病像など不明な部分が多い胎児・小児性患者は、介助する家族の負担も大きい。

 4月4日、完成したホームの安全を願う「魂入れ式」に出席したチカエさんは涙をにじませた。安堵(あんど)だけではなく「勇が、ほかの入居者にはない病気(糖尿病)のことで迷惑を掛けないだろうか。1人で大丈夫だろうか」という不安も入り交じっていた。

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 長井さんは、ホームそばにある交流施設で日中に作業をした後、居酒屋に通うのが楽しみだった。ホームでは、ヘルパーが朝夕の食事を作ってくれるが、長年の夢だった1人暮らしの解放感もあり、入居後も週3回は続けた。車いすで出掛け、決まってサンマの塩焼きを注文し、グラスにはウーロン茶か清涼飲料水。酒は飲めなくても、酒場の雰囲気が好きだ。

 だが、入居後間もなく10日間ほど入院した。血糖値が高くなり過ぎたためだ。

 血糖値を抑えるため、朝夕のインスリン注射は欠かせない体。1人暮らしは、自分をコントロールする責任が生じることも自覚した。居酒屋に行く回数を減らし、その分、自炊することを決めた。すぐに炊飯器を買いに行った。

 最初は5月半ば。台所で初めて米をとぎ、タコ入りご飯を作ってほかの入居者にも振る舞った。その後は週に2~3回、タコ飯や白ご飯を炊く。「やっぱり自分の体には気を付けんといかんからね」。今では居酒屋ののれんをくぐるのは火曜日だけになった。体調は安定し、顔や手足のむくみは少なくなった。

 「入居者は健康管理など生活全体のバランスを自分で取る必要がある。食事を作る楽しみを覚えることが、きっかけになればいい」

 患者たちが親元を離れ、1人暮らしを始めて2カ月半余り。管理者でもある加藤さんをはじめホームのスタッフたちは、自律に向けて一歩一歩前に進む入居者を長い目で見守っている。

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 【ワードBOX】グループホーム「おるげ・のあ」

 熊本県水俣市にある胎児・小児性水俣病患者のための施設。定員5人で、現在は50~60代の男女4人が独立した部屋で暮らす。木造一部2階建てで、1階の各居室(1部屋約30平方メートル)にはシャワー、トイレ、台所も完備。2階には交流スペースがある。入居者全員が車いす利用のためバリアフリー設計で、エレベーターも1基設置されている。運営は水俣市の社会福祉法人「さかえの杜(もり)」が担い、ヘルパーが常駐する。街中にあり、買い物や飲食などの日常生活を送りやすい。


=2014/06/25付 西日本新聞朝刊=

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