【踏みだすグループホームおるげ 胎児・小児性水俣病患者】<下>恩返し 生き方は自分で選ぶ

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グループホーム「おるげ・のあ」

 「日本初の胎児・小児性水俣病患者のグループホームの出発。同じ病を抱える仲間の住まいであり、生活を導いてあげたいと心に誓った」

 4月に完成した熊本県水俣市のグループホーム「おるげ・のあ」の内装工事を請け負った建具職人の緒方正実さん(56)=水俣市=は、メチル水銀に汚染された魚介類を幼少期に食べて発症した認定患者。どんな仕事も妥協はしないが、ホームの工事には特に強い気持ちで臨み、同年代の同じ患者だからこそ分かる細部への心配りに腐心した。

 入居者の個室のドアや押し入れの引き戸、施設事務所のドアなど約100枚のスギ合板は「柾目(まさめ)」と呼ばれる高級品を使用。「柾目はマグロでいうトロの部分。住むだけではなく、木のぬくもりを体感しながら快適に暮らしてほしい」との緒方さんの願いだった。

 合板は原木を割って成形するまで全て手作業で製作。今年に入ってから3月末の引き渡しまで休みなく、ホームの仕事にかかりっきりになった。アイデアが浮かぶと夜中でも起きてメモした。板の一枚一枚に「一生使う入居者の目にどう映るだろうか。昔から知る入居者たちの住居は、『おるげ』(緒方さん自身の家)と同じ」と思いを込めた。

 個室入り口のドアには上下二つのレンズ窓を設けた。下は車いすの入居者が見る高さで、上は訪問者用。ドアが左右に滑る床のレールには、車いす移動の妨げにならないよう、わずかな段差が生じないものを選択した。ドアの鍵はカード式で、かざすと自動で開閉する。都会的な1人暮らしの実感を持ちたいという入居者の強い希望だった。

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 「自分でできることは自分でする。あえて便利にしすぎない。胎児性患者を特別扱いしてはいけない」ということも心掛けた。個室入り口や室内浴室のドアは自動にせず、入居者が開け閉めしないと勝手に閉まる。結局、予算ぎりぎりで完工し、利益はほとんどなかったが、やり遂げた満足感は報酬を上回った。

 設計から施工までの数カ月間、緒方さんはあらためて胎児・小児性患者の存在を考えた。入居者と同じように、自分も言語や運動機能に重い障害があっても不思議ではなかったはず…。

 「同じメチル水銀被害なのに私は仕事も家庭も持ち、手足にしびれなどの症状はあっても普通に近い生活ができた。内装を引き受けたのは、私の分まで毒を引き受けたことへのおわびの気持ちもあった」

 作業に没頭することで、負い目のような胸のつかえが抜けていった。

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 「おるげ・のあ」は水俣病患者の、将来の暮らしへのモデルでもある。汚染魚介類を食べ、被害者となった不知火海沿岸住民は今後、加齢とともに水俣病の症状が進む可能性がある。

 緒方さんは、2年前に77歳で亡くなった水俣病研究の第一人者、原田正純医師の言葉が今、あらためて頭に浮かぶという。患者認定申請を4度棄却されるなど、孤独な闘いを続けていたころ、「水俣病を背負う中でどう生きるのか。迷っても真実は一つ。生き方は自分しか分からない」と語りかけられた。その言葉は、認定を受けた後も、人生の支えになった。

 胎児・小児性患者の今後の暮らしに強い思いを寄せ、ついのすみかの必要性を訴えた原田医師。その実現に携わった緒方さんには、原田医師への恩返しの意味もあった。

 「自立とは、自分の生き方を自分で選ぶこと。患者が前を向いて生きる喜びを感じるホームの完成は、水俣病の新たな一ページを開いたと思う」


=2014/06/27付 西日本新聞朝刊=

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