【傾聴記】老老介護 SOS出せる社会に

熊本県宇城市では、高齢者のあらゆる相談に応じる電話番号を知らせるマグネットを全世帯に配っている 拡大

熊本県宇城市では、高齢者のあらゆる相談に応じる電話番号を知らせるマグネットを全世帯に配っている

 スーパーや病院があり、車や人が行き交う、ごくありふれた住宅街。晴れた日の午後に訪れると、とても「老老介護殺人」が起きた町とは思えない。北九州市八幡西区のマンションで5月末、88歳の夫が「介護に疲れた」と寝たきりの妻=当時(79)=を絞殺したとして逮捕された。なぜ老老介護殺人事件は繰り返されるのかを知りたくて、現場を歩いてみた。

 妻は介護保険サービスを利用するのに必要な要介護認定を受けておらず、夫は1人で在宅介護を抱え込んでいた。有料老人ホームに入居したが、2日後に退去。追い詰められていた夫のSOSは、周囲に届いていなかった。

 担当していた民生委員の男性は「1人で400~500人を担当していて回りきれない上、オートロックのマンションが増えて会えないケースも多い」。自身も74歳で妻と2人暮らし。老老介護の苦しさは痛いほど分かる。「本音を話してもらえるよう、もう一歩踏み込みたいが…。今のままだと同じような事件が繰り返されるかもしれない」と苦悩を打ち明けた。

 昨年10月、熊本県宇城市松橋町でも老老介護による悲劇は起きていた。

 81歳の夫が認知症の妻=当時(82)=を殺害しようとした殺人未遂事件。懲役3年(執行猶予5年)の有罪判決を受けた夫は法廷で「自分だけが死ねば、後を息子が背負っていかないといけない。いっそ(妻と自分)2人とも死んだ方がいいと思いました」と吐露したという。

 松橋地区は比較的、地域の人間関係が残る郊外。夫婦も数年前から、苦境に気付いた民生委員の助言で介護保険サービスを利用。妻は週3回のデイサービスに通い、施設職員ら介護関係者とのつながりもあった。

 ただ、夫には「自分がみないといけない」という義務感が強く、要介護認定申請までに1年以上かかり、施設に短期入所するショートステイを勧めても利用しようとしなかったという。

 「できることはやっていたからショックは大きかった。それ以上、何ができたか問われると…」。宇城市地域包括支援センターの社会福祉士、森本真梨さん(30)は言葉を詰まらせた。

 福岡県大牟田市で4年前、当時65歳の妻が73歳の夫を殺害した事件では、介護されていた夫が「他人の世話になるくらいなら死んだ方がまし」と、介護保険サービスをかたくなに拒んでいたという。

 「社会全体で介護を支える」趣旨の介護保険制度だが、当事者が申請しなければサービスは受けられない。高齢者、特に男性は「人に迷惑を掛けられない」という意識が強く、孤立しがちだ。老老介護による一連の悲劇を振り返れば、SOSは届かなかったというより、そもそも発信されなかったのかもしれない。

 宇城市では事件を検証し、男性や閉じこもりがちな介護者との接触に力を入れる。6月から、市内の全2万3千世帯に「高齢者のあらゆる相談に応じます」という24時間対応の電話番号を記したマグネットシールを配布。高齢者からささいなことでも相談が寄せられるようになったという。

 老老介護世帯に対象を絞り、介護保険適用外の支援を受けられる独自の「生活支援サービス利用券」(月3千円分)を配る島根県出雲市のような制度もある。

 65歳以上の夫婦のみ世帯は全国で急増し、悲劇はどの地域でも起こりうる。再発防止の特効薬はないかもしれないが、高齢者や介護者のニーズをきめ細やかにすくい取る支援が求められる。それが「介護で他人を頼ってもいい」という意識を浸透させ、SOSを発信できる社会につながるはずだ。


=2014/07/03付 西日本新聞朝刊=

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