パートナーズクラブ

絢爛豪華な磁器を展観・古伊万里の華特別展

IMG_0525.jpg パートナーズクラブは、1659年に伊万里焼がヨーロッパに輸出されて350周年を迎えるのを記念して九州国立博物館で開かれている「パリに咲いた古伊万里の華」(4月6日―6月13日)の特別鑑賞会を西日本新聞西日本会に加盟する支店長会と合同で4月22日に行い、わが国を代表する焼き物の歴史と芸術性や技術の高さをあらためて認識した。

 鑑賞に先立ち九州国立博物学芸部長の伊藤嘉章さんが本展の特徴や見どころを解説。

 伊藤さんは、16世紀末に日本にわたった朝鮮人陶工が唐津焼を始め、さらに有田で磁気の原料が見つかり、1610年ごろにわが国初の磁器の焼成に成功した、と有田焼の発祥を説明。1656年、中国で海外貿易を禁じた海禁令が発令され、中国磁器を輸入できずに困ったオランダが伊万里焼に目をつけた、と伊万里焼がヨーロッパに輸出されたきっかけを話した。

 こうした歴史をもとに展覧会は1659年から100年間にわたる伊万里焼とヨーロッパの関わりを年代ごとに四つの章で構成。第1章「欧州輸出の始まりと活況」(寛文様式、1660―70年代)は、伊万里焼が中国磁器として輸出されたため、器に中国の模様が描かれた。第2章「好評を博した日本磁器の優美」(延宝様式、70―90年代)は、柿右衛門様式の色絵磁器が誕生、余白の美を生かした大型やセットもの優品が中心となった。第3章「宮殿を飾る絢爛豪華な大作」(元禄様式90―1730年代)は、染付けに金や赤など多彩な顔料を用いた(金襴手(きんらんで)様式の大作が増えた。第4章「欧州輸出の衰退」(亨保様式30―50年代)は、展海令で中国が海外貿易を再開したため、有田磁器の輸出が衰退していく中で金襴手により金色が使われた―など、作品の特徴や本展の見どころを1時間にわたって解説した。

 このあと参加者は、パリに住む碓井文夫さんが収集した約1,000点の作品から厳選した165点の古伊万里を展示する特別展会場に移動。色絵の蓋付大鉢をフランス製の金属加工で飾った「色絵花鳥文蓋付大鉢」や色絵に赤、金、緑、紫と多彩な顔料を用いた高さ85㎝の大作「色絵桐鳳凰文八角蓋付大壺」など、有田磁器の最盛期ともいえる100年の歴史をたどる華麗な作品を楽しんだ。

これまでの記事一覧