『宇喜多の楽土』  木下 昌輝さん  (文芸春秋・1836円)

『宇喜多の楽土』  木下 昌輝さん  (文芸春秋・1836円)
『宇喜多の楽土』  木下 昌輝さん  (文芸春秋・1836円)
写真を見る
写真を見る

 ■負けた男の生きざま描く

 人間の本質は、上り調子にある時は案外見えにくいものだ。失敗した時にどう立ち上がるか。手を差し伸べてくれる人はいるか。

 「男の価値は負けた時に決まる。その魅力を書きたいと思った」

 今期の直木賞に3度目のノミネートとなった本書で、関ケ原の合戦で敗れた武将、宇喜多秀家の生涯を描いた。

 大阪市生まれ、在住。「関西って負けの文化だと思う」と笑う。野球で応援するのは常勝巨人よりタイガース。実家の町工場は自転車操業で、「不渡り手形出す人とか、身の回りに負けた人がいっぱいいてた」。

 歴史小説を書くきっかけは20代後半で始めた戦国時代の古武術・竹内(たけのうち)流との出合いだった。「自分より強い敵が来たら、もてなして風呂に入れて殺せ」。生き残るためなら手段を選ばない当時の考え方に衝撃を受けた。「下克上の武士道なら、司馬遼太郎も書いてない小説が書けるんじゃないか」と、“邪道”な書き手を志す。

 27歳で住宅メーカーを辞め、フリーライターを経て小説執筆に専念。2014年、竹内流と縁の深い宇喜多直家をさまざまな視点で描く連作短編集『宇喜多の捨て嫁』で単行本デビュー。同作が直木賞候補となり、一躍人気作家となった。

 本書の主人公、秀家はその直家の息子であり、いわば“2世”大名。下克上と暗殺を繰り返して大名までのし上がった父とは対照的に、人を裏切れず、妻の豪姫をいちずに愛した温厚な人物だ。「優等生ってあまりおもしろくない。僕にとって長編自体が初めてで、そんな人物の一つの視点だけで書き通すのがもっとも大きな挑戦だった」

 突破口は、敗戦後の秀家の境遇。危険を顧みず救いの手を差し伸べる人が次々現れる。自身がこれまで出会ってきた人たちが重なり「負けてから助けてもらえるところが一番の秀家の魅力でないか」と考えた。

 腹黒い豊臣秀吉、残忍な宇喜多左京、ずる賢い徳川家康…。魑魅魍魎(ちみもうりょう)がはびこる戦国時代で、秀家は自問自答しながら自らが一番守りたいものを見つけていく。左京が粛清を下すシーンなど著者ならではの凄惨(せいさん)な描写はもちろん、豪姫との風情あふれる夫婦愛も見どころだ。

 目指すのは「読者を視野狭窄(きょうさく)の世界に追い込む」小説だという。歴史の俯瞰(ふかん)よりも、においや触感など五感に訴えかける表現を大切にしているといい「読者も読みながら体験できるような、いい意味で遊べる歴史小説を書きたい」と語る。

 そうした邪道を突き詰めることが、いつか新しい歴史小説の王道になると信じている。

=2018/08/11付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]