『私が誰かわかりますか』  谷川 直子さん  (朝日新聞出版・1620円)

『私が誰かわかりますか』  谷川 直子さん  (朝日新聞出版・1620円)
『私が誰かわかりますか』  谷川 直子さん  (朝日新聞出版・1620円)
写真を見る
写真を見る

 ■介護する「長男の嫁」の奮闘

 認知症の義父を1人で世話していた義母は3年で限界に来た。それから1年半、谷川さんは長男の嫁として義父を介護した。この体験を基に、新作を書き下ろした。

 「嫁の立場で介護のことを書いた小説は意外にないんです。有吉佐和子さんの『恍惚の人』ぐらい。世間体があるので、嫁の立場では義理の親のことをひどく書けない。でも、困っている嫁も多いはずです」と執筆動機を語る。

 舞台は長崎県の架空の小都市。長男の嫁である主人公は、認知症の義父の介護をすることになる。義父はグループホームに入ったものの、ほどなくして肺炎を起こし、入院する。毎晩付き添うことになった主人公の前に地獄が待っていた。義父は15分おきに尿意を訴えてしびんを求め、主人公を眠らせない。暗いうちに起き出して家に帰りたがり、止めると騒ぎだす。〈まるで悪魔〉〈限界だ〉-。

 「実体験です。『おしかくさま』で文芸賞を受賞し、2作目が書けなくてあせっていたころで、小説に書いた以上にストレスは大きかった」

 ふらふらになりながら、何となくネットを検索したら体験談がたくさん見つかった。「自分はまだましかもしれない」。育児に介護が重なる高齢出産のわな、意外に簡単な死後離婚、認知症同士の恋愛など、ネットで体験談を集め、介護スタッフらにも話を聞いて、ユーモアをまぶして本作に書き込んだ。

 義父の容体が日に日に悪くなってきたころ、いつもこう尋ねた。

 「私が誰かわかりますか」

 「直子じゃろ」

 認知症が進んでも、血がつながらない嫁の私のことを認識してくれる。それがうれしくてタイトルにした。

 再婚を機に、長崎県の五島市に移り住んで13年。最初は世間体を気にしすぎる土地だと思ったが、良い面も見えてきた。認知症が進んだ義父をグループホームに入居させた時、「追い出した」という陰口を気にして毎日ホームに通った。「でもそれは、義父がさみしがることなしに最期を迎えることにつながった。世間の目があったからなんです」。義父の死後、励ましてくれたのも「世間」の人々。そんな実感も本作に盛り込んだ。

 神戸市出身。編集者、エッセイストとして活躍した後、作家に転身した。本作で初めて地元のことを書いた。次作は東京の話だが、「五島は遣唐使が旅立った地。いつか彼らのことをファンタジーか何かに仕立てたい」と構想を練る。当初は苦しめられた五島弁も今ではかなり聞き取れる。「早口だとまだイタリア語に聞こえますが」

=2018/08/25付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]