節目の年の意識強かった 歌手 加藤 登紀子さん

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 今年は明治150年、そして世界中の若者たちの希望と挫折が交錯した1968年から50年となります。歌手の加藤登紀子さんは今年75歳。近代のちょうど半分を生き、半世紀前は学生たちの熱気の真ん中にいました。今年、自身の半生とその著書に連動するベスト盤を出した加藤さんに「今」を聞きました。

 -2018年はさまざまな節目の年ですね。

 ★加藤 明治の始まりに日本が国づくりをしたとすると、約75年である意味では全部失敗したというか、敗戦を喫しました。でもそこから始まって、ちょうど同じ年月を経ている。国は敗北したかもしれないけど、本当はゼロではなく、命、民たちは脈々と生き続けています。私は150年分の年表を真半分にした時、ちょうど折れ目のところで生まれたんですけど、母は「あなたはちょうどいい時に生まれてきた」といつも言っていたんです。ゼロは始まり、未来が始まったと思えば、未来をつくるために生まれてきた世代なんですね。だから節目の年という意識は今年はとても強かった。

 「運命の歌のジグソーパズル」にも書いたんだけど、アルバム「TOKIKO’S HISTORY」のDISC2にも入れているシャンソン「さくらんぼの実る頃」は、今年の大河ドラマ「西郷どん」にも出てくる村田新八がフランス視察の時に覚えて帰ってきたんですね。パリ・コミューン、革命が全部敗北した後にパリに行った村田が、コミューンの中で生まれ、コミューンの後に歌われた歌を手風琴でみんなに聴かせていたんです。明治政府はドイツを手本にしますが、フランスとのつながりもあったのが明治という時期ですね。

 近代の国は民衆の力を恐れてきたんですね。だから民衆の力がすごく強くなった時は必ず反動が起きる。どんな国も民衆の力をどう抑えたらいいかを考えてきたんです。でも、人々は渦巻きのように新しいものを生み出す力を持っている。そこから文学が生まれ、音楽が生まれたんです。

 -学生運動が盛り上がり、つぶされた1968年については。

 ★加藤 68年から50年というのも私たちの世代はすごく意識しますね。私が振り返ってみると、高校時代に60年安保で敗北し、68年でめちゃくちゃにされ、学生運動は一切じゃないけど消されてしまった。まさに敗北の図式になるわけ。だけど、音楽やエンターテインメントの在り方、日本人のライフスタイルはすごく変わりました。それと同時に日本は経済発展し、管理する力が強まっていく。日本はきちんと管理する、作りすぎていると思う。若い人にはそれを壊してほしいんだけど、あまりにも壁が分厚くなっている。

 -アルバムのDISC1は日本やアジアの歌、2は世界各地の歌が中心という印象ですが。

 ★加藤 私はたまたまハルビンで生まれてロシアの音楽で育ったバックグラウンドがあります。いろんな仕事がそれからの私の人生にピースとして一つ一つ乗ってきます。私の歌手としての53年をみると、例えば「琵琶湖周航の歌」ができて去年が100年目。「愛の讃歌」のエディット・ピアフも私の前に生きた人。前に生きた人から受け取った曲を次に生きる人に渡す、そういう運命に私はあったんじゃないかな。

 今までのベストには入ってなくてたくさん入れたのはロシアの曲。今までアルバムの隅に入れていたようなもの。ロシアの人が好きだけど、たいていは禁じられた過去がある曲。私の本を読んだ人にはぜひ聴いてほしい。

 -16日には福岡で恒例の「ほろ酔いコンサート」があります。

 ★加藤 「お酒を飲んで」というのは、いろんな事情を抱えて生きてきた自分の年月を全部私のコンサートに持ち込んでください、と思っていて。あなたの自身の歴史をそこに持ち込んで、一緒に語りだしたい。私は私を語るし、歌を通して自分の年月を見つめ直してほしいと思います。歌に託されたものを感じながら、これからの時代をわくわく生きてみようか、と。次の年号がどうなるか分かりませんが、ひとつの時代が終わるとすれば、これから始まりがくるんです。

 ▼かとう・ときこ 1943年12月27日、中国・ハルビン生まれ。東京大学在学中、65年日本アマチュアシャンソンコンクールで優勝して歌手デビュー。「知床旅情」や「百万本のバラ」などで知られる。「さくらんぼの実る頃」は宮崎駿監督の「紅の豚」の主題歌に。「ほろ酔いコンサート」は福岡市・天神のレソラホールで午後6時半開演。BEA=092(712)4221。

=2018/11/03付 西日本新聞朝刊=

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