「佐賀県」ヒットから15年 はなわの歌手生活

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 「S、A、G、Aさが」と歌った「佐賀県」から15年。はなわさんが歌手デビュー15周年のアルバム「カラアゲ」を10月にリリースしました。ベースのビートが効いたロックンロールもあれば、心がほんのりと温かくなる優しい歌も。はなわさんの家族愛が伝わってくる作品です。

 -この15年、歌手はなわとして振り返ってみて?

 ★はなわ 「佐賀県」は賛否両論ありました。佐賀の人は怒ったりした人もたくさんいましたけど、当時は若かったので「関係ねぇや」って感じでした(笑)。でもおかけでいろんな仕事をいただけるようになって。ほんとにお笑いだけでなく、音楽もやらせてもらって、紆余(うよ)曲折ありながらも充実した15年でした。

 -佐賀県への愛着はどういうところから?

 ★はなわ 最初は小6の時におやじの転勤で引っ越すことになるんですけど、それまでいた千葉に比べて結構田舎で、「これはきついな」と思っていました。で、佐賀で暮らして、芸人を目指して東京に行ったんですが、「佐賀県」の歌がヒットして周りから「私も佐賀です」「僕も佐賀県です」と言われて、だんだん佐賀に対する愛情が出てきたりして。僕はさんざん歌でいろんなことを言っているのに、他の人から言われるとちょっとむかついたりして。

 -今は佐賀県在住ですね。

 ★はなわ 7年ぐらい前に、自然や人の優しさなど環境がいいので、ここで子育てをしようと転居しました。東京のど真ん中に住んでいましたから。まあ、嫁も佐賀県出身なので、一念発起の決断でした。

 -「カラアゲ」に収録されている曲はメロディーが多彩です。

 ★はなわ 音楽はちゃんとしたいな、という思いで作っています。もともとバンドとかもやってきたので。お笑いとかミュージシャンとか区別されることがよく分かんない。自分で「何屋だ」って言うこともないかな。

 -歌詞はお笑い的なものと温かなものとがありますね。

 ★はなわ 作り方は全然違います。ネタの時はどうやってウケるか。マジ歌の時はなるべくうそをつかないように、自分の中から出てくる歌詞とかメロディーをそのまま作品にしようと。あとは芸人なので、分かりやすく。1回聴いて理解できるというのは意識しています。米津玄師だったらそうは考えないでしょうけど(笑)、やっぱり皆さんは芸人はなわが作る歌として聴くと思うので、難しい言葉を使ったり理解できない歌を作ったりしてもしょうがないですから。

 -「二人で決めた道」は弟さんの漫才コンビ「ナイツ」のために作った曲、「息子」はテレビ番組でもおなじみの息子さん3人の末っ子、「お義父さん」は奥さんのお父さんに向けた曲ですね。

 ★はなわ 男として、人として家族を養っていかなければならない、それが人生の一番の目標ですからね。昔は自分本位で「売れたいな」「金持ちになりたいな」とか、そんな感じで生きていましたけど、家族ができた瞬間にそっちを幸せにするという責任があるんで。それで曲のベースに家族があります。

 「お義父さん」はもともと嫁の誕生日のお祝いにプレゼントで作ったんです。そして歌ったら嫁が泣いて。歌い終わった後に「実は…」と、音信不通だったお義父さんが末期がんになっている、と1週間ぐらい前に親戚から電話があった、というんです。それで嫁はびっくりして泣いちゃった。「会いに行け、ということかな」と会いに行って。そこからいろいろ交流させていただいて。柔道やっている息子の金鷲旗の試合も見に来てくれました。昨年10月に亡くなったんですけど。この歌を世間に出す時は十分話し合いましたけど、大丈夫だ、ということで。

 -12月3日は佐賀で凱旋(がいせん)ライブですね。

 ★はなわ 笑いあり、マジ歌ありのライブにします。佐賀でチケット売ってホールでやるワンマンライブは実は初めてです。全精力を傾けてやるので、ぜひ皆さんには来ていただきたい。

 1976年7月20日生まれ、佐賀県出身。95年に芸人として活動を開始。2003年の「佐賀県」で歌手デビューし、同年のNHK紅白歌合戦にも出場。漫才コンビのナイツのボケ塙宣之は実弟。「お義父さん」は17年の日本レコード大賞企画賞を受賞し、小説化もされた。12月3日のライブは佐賀市文化会館中ホールで午後7時開演。つくす=092(771)9009。

=2018/11/17付 西日本新聞朝刊=

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