言葉の音(おん)が次々と消える世界を描く、究極の実験的長篇小説

『残像に口紅を』筒井康隆著
『残像に口紅を』筒井康隆著
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 筒井氏の「現実=虚構」という持論と、氏の類まれなる語彙力・表現力を活かした奇想天外なメタフィクション。主人公である作家の佐治勝夫が、この世から言葉の音(おん)が徐々に消えていく様を”小説”として描いていく。

 第一章は、『世界から「あ」を引けば』であり、最初から最後まで作中に「あ」という言葉および音を持つ単語は現れない。このように、実際に音の制約を受けた中で小説を書くということが、本作を「実験的長篇小説」と称する所以である。

 筒井氏を連想させる作家・佐治と、佐治の著書を長年評してきた評論家・津田が登場し、厳密なルールの設定がなされる。例えば、

 ・日本語表記の「音」を1つずつ消していき、その音の含まれていることばは使えない。
・消えたことばは代わりのことばで表現できるが、表現できなくなった場合その存在は消える。

 といった具合だ。佐治はどことなく違和感を覚えながらも小説を書き続ける。「もし誤って消えた音を使ってしまっていたら?」という問いに対し津田は「読者が見つけてくれるだろう」と答える。読者に懸賞を出すという企画も面白いと佐治は考える。

 このように、物語序盤は、一体どの文字が消えるのか、代わりにどんな言い回しを用いるのか、とワクワクするのだが、消える音が増えるにつれ、主人公が感じる孤独や虚しさが伝わってきて何とも言えない気分になる。特に主人公の家族や身近な人々の「残像」に関する描写には悄然とした。言葉が持つ”価値”や“イメージ”などを無意識に再認識させられる作品でもある。

 使える音が半分前後まで減るあたりで、主人公の文壇批判と自伝が描かれる。自伝の途中で、残っている音が1/3程度になり、同じ言葉や同音異義語が増え、文章に不自然さが見られるが、これが主人公の歪んだ過去と共鳴し、読者に不思議な印象を与える。

 昨年テレビ番組で紹介され大きな反響を呼んだ作品だが、発表から30年以上経つことに衝撃を受ける読者も多いことだろう。言葉が消滅するなかで、「いかに表現するか」「いかに新しい文体を生み出すか」といった、著者の小説という虚構の世界への挑戦を楽しんでいただきたい。


出版社:中央公論新社
書名:残像に口紅を
著者名 筒井康隆
定価(税込):802円
税別価格:743円
リンク先:http://www.chuko.co.jp/bunko/1995/04/202287.html

 西日本新聞 読書案内編集部

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