「兵士の目線」から戦場をとらえ直した新潮流の軍事史研究書!

『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』吉田裕著
『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』吉田裕著
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 1945年8月、日本の降伏によりアジア・太平洋戦争が終結した。この戦争を巡っては、終戦から70年以上経った今でも様々な尾を引いている。アジア諸国からは今なお歴史認識問題を問われ続け、その反動からか今度は日本で「自虐史観を抜け出そう」という声が大きくなりつつある。そうした声が憲法改正に向けた原動力になっていることは否めない。このように複雑な感情や思惑が渦巻いているのが、「戦後」の現実なのだ。

 こうした状況では、歴史研究はシンプルなものになりにくい。これまでの戦後歴史学は無謀な戦争への反省が主流で、細かい軍事史研究は停滞したまま今日まで来た。だが、その流れも1990年代に入ってからようやく変化が訪れる。本書の著者も含めて、歴史研究者の多くが戦後生まれになったからだ。彼らは戦争体験を全く持たないため、逆にシンプルに歴史に向き合うことができる。そして、社会史や民衆史の視点から戦争や軍隊をとらえ直す研究が本格化したのである。

 中でも本書は「兵士の目線、兵士の立ち位置」から戦場をとらえ直すことに注力している。例えば、「虫歯」に悩む兵士の姿だ。不思議に思うかもしれない。銃弾や砲弾に苦しむ兵士の姿なら想像できるが、虫歯とは。しかし、当時の日本軍において、歯科治療はかなり遅れており、嘱託の歯科医が数人いる程度だった。だが、太平洋戦争の末期、戦線がハワイ諸島、インド、中国東北地方(旧満州)などにまで拡大するにつれ、虫歯と歯科医不足は兵士に甚大なダメージを与えることになる。数少ない歯科医が戦地に派遣されると、診察を待つ兵士たちによって長蛇の列ができたというから、読んでいるこちらの歯茎まで痛くなる。

 また、戦場における病気や栄養失調の研究もまとめられているが、悲惨極まりない。制海・制空権を喪失し補給路が寸断された日本軍は、前線において深刻な食糧不足を引き起こし、数多くの兵士が病気などでバタバタと亡くなっていった。栄養失調患者を描いた絵も挿入されているが、まるで「生ける屍」のような表情で胸が張り裂けそうになる。

 最終的にこの戦争の戦没者数は、日本の軍人だけで230万人にのぼる。故郷に帰ることを夢見ながら、亡くなっていった日本軍兵士たちの無念さはいかばかりか。戦争と平和について考える機会が増えている今こそ、読むべき一冊といえよう。


出版社:中央公論新社
書名:日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実
著者名:吉田裕
定価(税込):886円
税別価格:820円
リンク先:http://www.chuko.co.jp/shinsho/2017/12/102465.html

 西日本新聞 読書案内編集部

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