すべては最高権力者と体制のために。そんな国の作家の役割とは?

『跳べない蛙 北朝鮮「洗脳文学」の実体』金柱聖著
『跳べない蛙 北朝鮮「洗脳文学」の実体』金柱聖著
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 本書を開いてまず注目したのは、著者が「在日の脱北者」であることだ。関西地方に「在日」の3世として生まれた著者は、1970年代、中学生の時に祖父母とともに「地上の楽園」として憧れた祖国=北朝鮮に「帰国」する。その後、2009年に脱北して韓国に住むようになるまでの約30年間、「祖国」で作家になることを目指した著者が、実際に見聞し経験したことを柱にして本書は綴られていく。日本、北朝鮮、韓国でその半生を過ごしてきた著者だからこそ、何が事実であるかを判断しながら客観的に語ることができたに違いない。

 話の中心は、北朝鮮の政治制度や経済体制というより、「金王朝」による支配を背後から支えている社会制度である。たとえば、階級制度。それは「出身成分」と呼ばれ社会に民主主義的な要素が分散していかないように、人と人の関係を分断するように3階層51分類でつくられているという。同時に、国民を年齢別の政治集団に囲い込み、そこに縛り付けることで自由な社会的交流が統制されているのだ。

 文学も「金王朝」の権力を維持し、国民を支配する手段だ。著者は「祖国」で「作家」になることを目指しただけに、文学がどのようにして支配の手段となっているか、その詳細な記述は迫力がある。むろん、言論の自由など認められていない体制だから、思うままに作品を執筆できるわけではない。北朝鮮へ「帰国」してまもなく祖父母を続けて失った著者は、大学卒業後に教員になるが、そのころ小説も書きはじめる。さらに教員の職を辞して地元の作家同盟に就職する。この国の文学は、金一族を褒め称えその神格化にどう貢献できるか、つまり「おべんちゃら」がポイントである。著者は、いくつかの作品を発表する機会に恵まれたものの、「おべんちゃら」が不十分で作家と認められるにいたらず、筆を折らざるをえなかった。

 本書は翻訳本ではなく、著者みずからが日本語で書き下ろしている。そこには激しく感情的な表現はほとんどない。むしろ冷静で淡々とした筆致であるだけに、語られる事実が迫力をもって読み手に迫ってくる。時としてえもいわれぬ恐怖さえ感じるほどだ。朝鮮半島の動向が世界中の耳目を集める今だからこそ、北朝鮮の状況を事実の積み重ねとして知らせてくれる本書の果たす役割は大きい。


出版社:双葉社
書名:跳べない蛙 北朝鮮「洗脳文学」の実体
著者名:金柱聖
定価(税込):1,620円
税別価格:1,500円
リンク先:http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-31351-2.html?c=30597&o=date&type=t&word=%E8%B7%B3%E3%81%B9%E3%81%AA%E3%81%84%E8%9B%99

 西日本新聞 読書案内編集部 

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