「逃げ得」は許されるか?加害者の人権保護のあり方を問うノンフィクション

『黙秘の壁』藤井誠二著
『黙秘の壁』藤井誠二著
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 冒頭の1ページに、半分以上が黒塗りされた上申書(刑事事件の被疑者など本人自らが犯行の様子や反省の弁等を記した供述書)の抜粋が掲げてある。なぜ黒塗りされているかが本書の主題だ。

 平成24年、名古屋で当時41歳の女性が命を奪われた。彼女は漫画喫茶の従業員であり、加害者は漫画喫茶の経営者夫婦。被害者の家族が行方不明の届けを出してから発見されるまで約1年が経過しており、遺体は白骨化していた。本書はこの事件をめぐる裁判を中心に取材したノンフィクションである。

 この加害者夫婦は死体遺棄罪で有罪が確定し、服役した。しかし、傷害致死罪については、嫌疑不十分により、不起訴となったのである。冒頭の上申書はそのときの証拠であるが、不起訴処分となった傷害致死罪に関する部分は加害者(被告)の不利にならないよう黒塗りされているのである。被害者遺族や第三者が事件の真相を知りたいと思って資料にあたっても、その部分は知ることができない。

 上申書の存在でも明らかなように、加害者は当初、事件について供述するつもりだったらしい。ところが、家族の奔走により、名うての私選弁護人がついて以降、黙秘を貫くことになる。この黙秘戦術が功を奏し、死因不明のため、不起訴処分となった。突然、一人娘を失った両親は納得がいかない。
―――いったい、どうすれば娘に何が起きていたかを知ることができるのでしょうか。

 死という大きな悲しみはひとまずおくとしても、真実を知りたいと願うのは、被害者遺族として当然の心理だろう。しかし、事件の全貌どころか加害者夫婦が何者かさえ、ろくに知ることができなかった。加害者の人権を守る法と制度に阻まれて。

 ねばり強く戦った遺族と代理人の弁護士は、場所を民事に移して、ついに黒塗りで隠された内容を知ることになる。その中で加害者は2人ともはっきり「殺した」と述べているのだ。判決後、判決文を弁護士に解説してもらっていた父親は堪えきれずに言う。
「勝ったということでええんですね」

 夜になると、仏壇の前でいつまでも泣いていたという母親は、このときすでに亡くなっていた。

 一方、加害者夫婦は民事でも黙秘を続けた。死体遺棄罪による2年2ヵ月の刑期を終え、長男が営むラーメン店に身を寄せる形で社会復帰をはたした。店は繁盛しているようである。賠償金の支払いは拒否した。


出版社:潮出版社
書名:黙秘の壁
著者名:藤井誠二
定価(税込):1,728円
税別価格:1,600円
リンク先:http://www.usio.co.jp/html/books/shosai.php?book_cd=4217

 西日本新聞 読書案内編集部

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