天皇陛下も気にしつづけたペリリュー戦に関する日米兵士の証言と家族の思い

『「玉砕の島」ペリリューから帰還した父』ゆき惠・ヒアシュ著
『「玉砕の島」ペリリューから帰還した父』ゆき惠・ヒアシュ著
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 平成という時代を通じ、天皇皇后両陛下は戦没者慰霊を精力的に行った。2015年、戦後70年という節目に両陛下はペリリュー島(パラオ共和国)に向かった。80歳を超えるご高齢でありながら、ホテルではなく海上保安庁の巡視船に宿泊された。以前よりパラオ訪問を熱望していながら、宿泊の警備の都合で実現してこなったことを受けての決断だった。なぜ両陛下はそこまでしてペリリュー訪問にこだわったのか。

 それは太平洋戦争において「最も血なまぐさい戦い」とされる最大の激戦地がこのペリリュー島だったからである。日米両軍が最強部隊を投入。日本軍は「玉砕」したが、米軍もまた部隊死傷率70%とも言われ、米軍史上最悪の数字を記録した。しかも、このペリリュー戦は戦略的にまったく無意味な戦いだったのだ。

 本書は、このペリリューから帰還した衛生兵の父をもつ著者が15年の歳月をかけて取材した内容に基づくノンフィクションである。ペリリュー戦を伝えるという点では、第3章の証言集が核となるが、それだけなら類書がある。本書がユニークなのは、アメリカ在住の著者が米軍側の元兵士たちの証言も集め、1章を当てているところだ。加えて、全体を貫く縦糸として、父娘関係がある。

 著者が幼かったころ、無口な父親が口にする数少ない言葉が「ペリリュー」だった。日曜の夜には自宅に戦友たちを招き、背筋を伸ばして立ったまま軍歌を歌い、泣きながら酒を飲んだ。このときばかりは饒舌だった。著者はこの父に反発し、単身渡米し、勝手に結婚してしまう。父が末期がんだという知らせを受けて帰国したとき、痛みをこらえる荒い息遣いの中で、その父が口にしたのが「もう一度ペリリューに行きたかった」であった。

 「父はもうろうとした意識の中で、さかんに腕を伸ばし、何かを採って口に入れるようなしぐさを続けていた。(中略)戦争中、餓死寸前だった父が木の実などの食べ物を見つけて口に運んでいるのだ」

 パラオの日本軍は終戦後、日本に復員するまでの数ヵ月に多くの餓死者を出した。その数5000人。他の部隊に食糧を盗みに行って、同じ日本兵に射殺された者もいた。日本兵たちの帰国後、パラオの日本軍上層部が隠していた大量の食糧が見つかったという。

 戦争とは、そういうものである。戦争体験者どころかその子ども世代すら高齢となった今、こうした書物を残すことはとても価値がある。


出版社:潮出版社
書名:「玉砕の島」ペリリューから帰還した父
著者名:ゆき惠・ヒアシュ
定価(税込):1,620円
税別価格:1,500円
リンク先:http://www.usio.co.jp/html/books/shosai.php?book_cd=4231

 西日本新聞 読書案内編集部

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