戦時中に活躍したクリエーターたちの戦争責任を問うことはできるか?

『戦争と広告』馬場マコト著
『戦争と広告』馬場マコト著
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 本書のテーマは『戦争と広告』というタイトルに端的に示されている。1940年に結成された「報道技術研究会」とそこに集まった広告制作者たちの活動を軸にして、日本が太平洋戦争へと突き進む中、広告の達人たちがいったいどのような役割を果たしたのかが描かれていく。「研究会」の中心人物だった山名文夫は明治30年の生まれで、日本のグラフィックデザイン黎明期の先駆者であり、戦前から資生堂の広告デザインで活躍していた。また、もう一人の中心人物である新井静一郎は、当時、森永製菓でキャラメルなどの販売戦略で腕を振るっていた広告マンである。

 今風にいうなら「広告業界のスゴ腕クリエーターたち」が、どうして自主的に「研究会」を立ち上げたのか。戦時体制が強化され経済の統制が進む中で、山名も新井も化粧品やお菓子などの広告・宣伝の場面で活躍できなくなってくる。そして周囲を見渡せば、戦意高揚のための国策宣伝物が目に入るものの、彼らの目にはそれがとても稚拙な「広告」と映るのだ。であれば、自分たちの「報道技術」をもってお国に尽くそうと「研究会」を組織したのである。

 最初の大きな成果は、1941年2月に銀座・資生堂ギャラリーで開催された「太平洋報道展」だった。大きなパネルに貼られた写真(駆逐艦と進軍ラッパを吹く兵士の姿)とリアルな絵、それらをつなぐ文章がレイアウトされた展示によって、南進政策の必要性が説得的に描かれていた。内閣情報局や大政翼賛会の手になる国策宣伝物とは、明らかに一線を画する見事な宣伝効果を発揮するものだったのである。その後もポスターなどの制作をつうじて、戦意高揚・国策宣伝に協力していった。

 「研究会」のメンバーたちは、強制されてやむを得ず戦争遂行に協力していったわけではない。それどころか、戦時の雰囲気に興奮しつつ、むしろ積極的に協力していったことが、事実を追いながら物語風に描かれていく。そして、自らも広告制作を職業としてきた著者は言う。もし山名や新井と同じ時代に広告制作者として生きていたら、自分も持てる力をフルに発揮して国家情宣の活動に携わるに違いない、と。そして、問う。表現者の戦争責任、戦争協力の責任を問うことができるだろうか、と。この問いに対して著者が出した答えは、当たり前だが、重要である。

 それは、本書の最後に、毅然と記されている。


出版社:潮出版社
書名:戦争と広告
著者名:馬場マコト
定価(税込):950円
税別価格:880円
リンク先:http://www.usio.co.jp/html/books/shosai.php?book_cd=4232

 西日本新聞 読書案内編集部

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