多様性のある社会を実現するために、ささやかだけど、一番大切なこと

『発達障害に生まれて』松永正訓著
『発達障害に生まれて』松永正訓著
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 勇太くんは現在17歳。生まれたときから自閉症を抱えている。人とコミュニケーションがとれない。空気も読めない。友達はいないし、欲しいとも思っていない。でも、いったん興味をもったことはとことん追求する。毎日無我夢中で生きている。

 本書は、小児外科医である著者が、勇太くんの母親に17年におよぶ子育てについて聞き書きしたルポルタージュである。自閉症は先天性の脳の疾患であり、いわゆる発達障害に含まれる。障害というと、最近は語のイメージを考慮して「障がい」や「障碍」と表記されることも多い。しかし著者は前書きで、本書では「障害」を使うときっぱり言い切る。ハンディキャップをもつ人が不利益を被るのは本人にではなく社会に原因がある、つまり、障害をかかえているのは当人ではなく社会の側だという考えからだ。その障害は物理的なものだけではない。とくに発達障害の場合、なにより深刻なのが周囲の人びとの偏見や誤解である。

 事実、勇太くんと母親は何度もそうした障害にぶつかってきた。勇太くんは近隣の小学校の生徒に「きもい! きもい!」といじめられる。電車内でパニックを起こせば、母親が乗客から「障害を口実にするな! ちゃんとしつけろ!」と怒声を浴びる。実の父親にも理解を得られない。

 そして実は、母親自身も最初は同じだった。勇太くんに対して、たびたび「なんでこんな簡単なこともできないの」という怒りが湧きあがる。わが子の障害を受け容れられるようになったのは、同じ境遇の母親たちと出会い、それまで自分が健常者の目線でしか勇太くんを見ていなかったこと、そして勇太くんを変えるのではなく、自分が変わらなければいけないと感じたことだった。

 近い将来、テクノロジーの発展によってハンディキャップは存在しなくなり、障害は個性のひとつになるという見方がある。しかし本書を読んだいま、それではあまりに楽観すぎると言わざるをえない。勇太くんの母親のように社会に生きる全員が意識を変えること、本書の言葉をかりるなら、「普通であること」の呪縛から解放されないかぎり、その個性も結局現在の障害と同じように理解される可能性もあるからだ。真の意味で多様性のある社会を実現するために必要なのは、著者のいう「障害は社会の側にある」という考え方、つまり、だれもが障害とは無縁ではないという認識なのではないだろうか。


出版社:中央公論新社
書名:発達障害に生まれて
著者名:松永正訓
定価(税込):1,728円
税別価格:1,600円
リンク先:http://www.chuko.co.jp/tanko/2018/09/005115.html

 西日本新聞 読書案内編集部

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