柔道だけではない!オリンピックの日本誘致に力を尽くした男の評伝

『嘉納治五郎 オリンピックを日本に呼んだ国際人』真田 久著
『嘉納治五郎 オリンピックを日本に呼んだ国際人』真田 久著
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 嘉納治五郎という名前を聞いて多くの人が思い出すのは柔道、そして講道館だろう。日本柔道の中興の祖ともいうべき存在として嘉納の名は人口に膾炙している。彼は1860年、兵庫の酒造家の三男として生まれ、1877年に東京大学へ編入学したころ柔術に出会う。この時、理論的な説明がない体得主義の稽古に疑問を持った嘉納は、人間の身体の構造を知った上で相手の姿勢を崩して技をかける方法の研究をはじめる。これがのちに講道館の「柔道」へと結実していくのはいうまでもない。

 ところで、柔道界での嘉納の貢献は多くの人の知るところだが、知る人ぞ知る嘉納の業績として記憶されてよいのは東京オリンピックの誘致に尽力したことではないだろうか。そのオリンピックが2020年に開催される東京大会でないのは当然として、1964年の前回東京大会でもない。さらにさかのぼること約30年、1936年のIOC総会で開催が決まった1940年の東京大会である。戦時体制が深化する中、アジアで初めて開催されるはずだったこの大会が開催されるにいたらなかったのは周知の通りだが、嘉納は日本がオリンピック開催を正式に返上するより前の1938年に帰らぬ人になる。

 著者が強調するのは、嘉納が唱えた武士道の精神とオリンピック精神の共通性である。嘉納の武士道精神は「精神善用・自他共栄」という言葉で示されるが、これは「身体とともに心を練り、そこで得られたものを社会生活に応用していく」という意味である。一方のオリンピック精神は「心身の調和的な発達を求めたヘレニズム思想の展開」である。嘉納がオリンピックの誘致に取り組む中で構想したのは、オリンピック精神に象徴される欧米のスポーツ文化に「精神善用・自他共栄」という武士道精神を加味していることだったという。このような意味で嘉納はグローバルな発想の持ち主だったことになる。

 ずいぶん前からオリンピックの商業主義化や政治との関係が取り沙汰されるようになった。スポーツの祭典であり世界の平和を希求するイベントが、一方で金儲けの手段になっているのではないか批判されることがあるし、政治的思惑が透けて見えることもある。2年後にこの国でオリンピックが開催されようとしているいま、嘉納治五郎の思想と行動を通じて「オリンピックとは何か」、そして「スポーツとは何か」をあらためて考える機会を与えてくれる著作である。


出版社:潮出版社
書名:嘉納治五郎 オリンピックを日本に呼んだ国際人
著者名:真田 久
定価(税込):650円
税別価格:602円
リンク先:http://www.usio.co.jp/books/ushio_bunko/3100

 西日本新聞 読書案内編集部

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