現代日本の閉塞感と胡散臭さの正体をあぶり出すクライムノベル

『らんちう』赤松利市著
『らんちう』赤松利市著
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 殺人事件が起こり、驚くべき真相が明らかになる。そういう意味ではミステリーと呼んで差し支えない小説だ。だが、謎解きのカタルシスや爽快感は味わえない。なんとも言えないやるせなさが腹の底に残る。それは本作が、現代日本をおおう閉塞感と胡散臭さの正体をあぶり出す作品でもあるからだろう。

 冒頭、とあるリゾート旅館の総支配人が惨殺される。犯人はすぐに110番通報し、自首する。殺害にかかわった人物は6人。1人をのぞき、全員その旅館の従業員だ。年齢は20代後半~30代と若く、うち4人が非正規雇用。彼らをはじめ、ほかの旅館関係者ら登場人物の独白を通して、事件の全貌が語られてゆく。

 ブラック企業経営者に対する、若年非正規雇用者たちの憎悪。一見、事件はこのように図式化できるかにみえる。なにしろ殺されたのは、息を吐くようにパワハラ発言を繰り返し、長時間労働を課してきた人物なのだ。だがその見立ては、犯人ら自身の供述によって早々にくつがえされる。驚くべきことに、彼らは誰ひとり殺人の動機を明確に語れないのである。

 一方で彼らは、自分のこととなると饒舌になる。それも不気味なほど前向きに。ブラックな労働環境も社会の閉塞感も〈自己責任〉という言葉で肯定する。殺人にかかわっていながら、「僕には将来のヴィジョンがあるんです」と意識の高さをアピールする者までいる。だが、それらの言葉は一様に借り物めいていて胡散臭く、ヴィジョンの中身も具体的ではない。そして取り調べが旅館関係者におよぶと、物語は一転、思いもよらない展開をみせる。殺人の動機も犯人たちの言葉の背景もすべて明らかになる。そのとき、読者はその異様さに圧倒されるだろう。

 著者は2018年、『藻屑蟹(もずくがに)』で第1回大藪春彦新人賞を受賞。〈62歳・住所不定無職〉というプロフィールでも話題になった。3作目にあたる本作も、知人宅に居候しながらマンガ喫茶で書き続けたという。社会のリアルを裏側から描く濃密な筆致に、今後の期待が高まる。


出版社:双葉社
書名:らんちう
著者名:赤松利市
定価(税込):1,620円
税別価格:1,500円
リンク先:https://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-24131-0.html

 西日本新聞 読書案内編集部

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