独特の世界観にゆったり浸る、大人の純朴ラブストーリー

『タイム屋文庫』朝倉かすみ著
『タイム屋文庫』朝倉かすみ著
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 亡くなった祖母の家で時間旅行の本を扱う貸本屋「タイム屋文庫」を開くことになった柊子。そこは、彼女の初恋の人を待つためだけの本屋だ。近くのレストランの店長・樋渡徹にコーヒーや紅茶の淹れ方を習い、喫茶店も併設することに。内装も整いいよいよ開店した「タイム屋文庫」には、なんとも言えない不思議な雰囲気が漂う。訪れた客はソファで昼寝をし、みんな何かを悟ったような顔をして帰っていく。どうやら、未来を暗示する夢を見るようだ。

 「ぱっ。市居柊子は目をあけた。天井を見、あたりを見回し、またのあいだにうずくまっている真っ黒に気がついた。腹筋に力を入れて首を起こす。真っ黒なのは猫だった。」

 簡潔に短く区切られた文章、リズム感のある文体。書き出しから読者は小説の世界にぐいっと引き込まれる。著者が紡ぐ物語は読み手の感情を強制しない。勝手に泣けてきたり笑えてきたりと、自由に読ませてくれる。シリアスなシーンでも、感情移入の難しい展開でも、すんなりと読めるのが魅力の一つだろう。ゆるやかな時間が流れていて、読み終えても心地よさが続く。

 柊子は考えなしの抜け作だ。営業時間や定休日、貸本のシステムなど肝心なことを書いていないチラシを配ったり、貸本屋兼喫茶店を開業するために必要な法的手続きについてまったく調べていなかったりする。それで大丈夫なのかと心配になるのだが、描かれる登場人物は、根っこの良い人たちばかりでなんやかんやと世話を焼いてくれるので、安心して読み進めることができる。

 さて、柊子は初恋の人に再会できるのか。ロマンチックな展開のまま、スイートにはせず、しっかりとした文章で読ませる点はさすが。そして、文庫本ならではの楽しみが解説だ。独特の比喩でたたみかける朝倉節、各章のタイトルやタイムトラベル名作へのオマージュと思われる仕掛けに関しては、谷川直子氏の解説を抜きにしては知り得ない。ぜひ、谷川氏の解説までじっくりと味わっていただきたい。


出版社:潮出版社
書名:タイム屋文庫
著者名:朝倉かすみ
定価(税込):880円
税別価格:815円
リンク先:http://www.usio.co.jp/books/ushio_bunko/3112

 西日本新聞 読書案内編集部

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