都井岬(宮崎県) 野生馬の楽園

横になってリラックス
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都井岬の唯一の出入り口「駒止の門」。岬一帯には馬の脱走防止用牧柵が設けられている
都井岬の唯一の出入り口「駒止の門」。岬一帯には馬の脱走防止用牧柵が設けられている
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廃虚となったホテル前で草をはむ
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真っ青な海と空とのコントラストが美しい小松ケ丘の岬馬
真っ青な海と空とのコントラストが美しい小松ケ丘の岬馬
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大隅半島に沈む夕日を背に立つ岬馬
大隅半島に沈む夕日を背に立つ岬馬
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 太平洋に面した宮崎県最南端に位置する串間市の都井岬。幅約2キロ、長さ約4キロの半島は、標高300メートル前後の小高い丘が海に突き出た格好で、海岸線は断崖が続く。紺碧(こんぺき)の海を背景に草原や照葉樹林が広がるこの地は、国内8種の在来馬のうち唯一の野生馬「岬馬」(国天然記念物)が生息することでも知られる。その数、現在116頭。冬の澄んだ空の下、絶景を求めて野生馬の最後の聖地へ車を走らせた。

 一帯には馬の脱走防止用の牧柵があり「駒止の門」が唯一の出入り口。ここで「都井御崎牧組合」に協力金(車400円、バイク100円)を納める。制限速度30キロ。ゆっくり進むと廃虚になったホテルの敷地で岬馬が草や木の実をむしゃむしゃ食べていた。

 かつて新婚カップルでにぎわった都井岬。人気の旅行先は次第にハワイや沖縄に移った。ピーク時の1974年に67万8千人を数えた観光客数は、2017年には9万6千人を割り込んだ。最大で16の宿泊施設が軒を連ねたとされるが、今では複数のホテルが朽ちた姿をさらしている。

 広場に車を止め、絶好の写真スポットといわれる小松ケ丘の急斜面を登ると、まもなく悠然と草をはむ馬たちに出くわした。寝そべっている馬もいる。草原、海、空とのコントラストが何とも美しい。人間には興味なさげで、カメラを向けてもお構いなしだ。

    *   *

 岬馬の歴史や生態を知ろうと、都井岬ビジターセンター「うまの館」も訪ねた。

 江戸時代、都井岬は高鍋藩秋月家の飛び地だったという。高鍋藩は1697年、岬に藩営牧場を設け、馬を軍馬や農耕馬として売却し、藩の収入源にしていた。明治維新後は宮崎県の所有になったが、経営難から牧場は1874年、牧組合に払い下げられた。

 岬馬は体高約130センチ、体重は約300キロ。サラブレッドに比べて一回り以上小さい。繁殖期になると強い雄馬は数頭の雌馬と子馬を従えてハーレムと呼ばれる群れをつくる。「3月末~6月に毎年15頭前後の子馬が誕生しますが、病気や梅雨、暑さや寒さなどで、1年後まで生きているのは半分ぐらいです」。同センターのスタッフ大隈大輝さん(27)が教えてくれた。

 監視員2人が毎日バイクで岬馬を探して回り、けがや病気の有無を記録。ただし、餌は与えず、病気やけがの手当てをすることもないという。平均寿命は15歳前後で、死期を悟ると静かに林に姿を消し、自然に返るのだとか。粗食に耐えて頑強な個体が多いが、牧場で飼育される馬と比べれば寿命は短い。

 人の手が入るのは年1回、全ての馬を柵に追い込む伝統行事「馬追い」の日だけで、健康管理のためダニの駆虫剤を飲ませている。「これだけの野生馬の群れを間近に観察できるのは日本でもここだけ」と大隈さん。野外ガイド(要予約)も受け付けている。

 動物園では決して見られない光景。帰路に就こうとしたとき、大隅半島に沈む夕日を背にした岬馬の姿が目に飛び込み、鳥肌が立った。

 ●メモ

 JR日南線串間駅から串間市のコミュニティーバスで約40分。車で行く場合は宮崎自動車道宮崎インターチェンジから国道220号と448号で日南海岸を南下し約2時間。国道448号は地滑りのため一部区間が全面通行止めとなっており、県道439号で迂回(うかい)する。岬馬の見学時は、馬に食べ物を与えない、触らないといった注意事項がある。串間市観光物産協会=0987(72)0479。

 ●寄り道=周遊型謎解きゲーム

 都井岬では、スマホの無料通信アプリLINE(ライン)を使った有料の周遊型謎解きゲーム「消えた野生馬の救出」=写真=が3月末まで体験できる。馬追い行事で1頭の馬が行方不明となり、怪盗マシクから謎解きの挑戦状が届いた-という設定。LINEに届く指示に従い、都井岬ビジターセンターを出発点になぞなぞやクロスワードを解きながら、九州で唯一、灯台内部に登ることができる都井岬灯台や、断崖に鎮座する御崎神社など岬内約10キロを車やバイクで巡る。一般3000円、高校・大学・専門学校生2000円、大人同伴の中学生以下は無料。

=2019/02/13付 西日本新聞夕刊=

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