西日本新聞電子版 1周年記念プレゼント

ディック・リーが青春の自伝映画 シンガポールの国民的スター

「私が初来日したとき日本ではワールドミュージック、エスニック音楽と呼ばれていた。私の登場でアジアンポップスが日本人に意識されたと思う」と語るディック・リー
「私が初来日したとき日本ではワールドミュージック、エスニック音楽と呼ばれていた。私の登場でアジアンポップスが日本人に意識されたと思う」と語るディック・リー
写真を見る

歌で自分を問い続けてきた半生

 シンガポールのシンガー・ソングライター、ディック・リーが昨年、還暦を迎えたのを機に自身の青春時代を描いた映画「ワンダーボーイ・ストーリー」を製作し、今年のアジアフォーカス・福岡国際映画祭の開幕を飾った。アジアンポップスの旗手で1990年代、日本でブームを巻き起こした時代の風雲児は「歌を通してシンガポール人のアイデンティティーを模索してきた人生だった」と華麗な半生を振り返った。

 シンガポールの国民的スターはグッチの花柄のジャケットを着こなし、映画祭にさっそうと登場。90年代初頭、京劇スタイルのジャケットアルバム「マッド・チャイナマン」で存在感を示した当時と変わらない風格を見せつけた。

 共同監督を務めた自伝映画の時代設定は1972~75年。主人公はエルトン・ジョンに憧れ、ポップスを作る青年で、当時はロックも長髪も禁止だった。ディックは「60年代のシンガポールはドラッグの流通センターと化し政府が徴兵制を導入するなど徐々に規制を強めていた」と解説する。本人もシングリッシュ(シンガポールなまりの英語)の歌が放送禁止になった経験がある。

 「西洋とは異なる音楽でシンガポールを表現したかった」。映画は、主人公が麻薬に手を染めたりしながらも自分の音楽を確信するまでの軌跡をたどる。一つの到達点がヒット曲「フライドライス・パラダイス(チャーハン天国)」。サテ(串焼き)など身近な食べ物を歌詞に入れたコミカルな歌で、映画のラストで流れる。

 奇抜な演出、東南アジアの音楽を取り入れたポップス。加えて、西洋文化に浸りながらも外見はアジア人の自分を「バナナ」に例えるなどアイデンティティーを問う発言が注目された。

 「英国留学中はアジア人と言われ続けたし、私は中華系でも中国語を話せない。多文化主義のシンガポール人そのものも分からない。一体自分は何なのかと」

 シンガポールは英国の植民地、日本の占領を経て65年にマレーシアから分離独立した。ディックの青春時代は「独立間もない国がアイデンティティーを模索していた時期」。二重の模索を描くため、映画の時代設定が決まった。

 長年、ディックが支持されているのは単なる異国趣味にとどまらず、そうした問題意識がアジアの人々に共有されていたからだ。

 一昨年、シンガポール独立50年を祝う国家行事では総合監督を務め、「前進」をテーマに掲げた。不動の地位を確立した今、若き日の自分に言葉をかけるとしたらどんな言葉なのか。

 「前進しなさい。待つことはない」。いわく「いろんなことを学んで自信を持たなければ自分は見つけられない」。それがアイデンティティーを問い続けたディックの答えだ。

=2017/10/07付 西日本新聞夕刊(娯楽面)=

→電子版1周年記念!1万円分賞品券やQUOカードが当たる!!

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]