世代の記憶伝える 故石牟礼道子さん 患者の「思い」くみ取り

 「前の世代、その前の世代、ずっと前の世代、みんな記憶を持っている。でも世の中忙しいから(忘れてしまう)」。2013年6月、熊本市内でお会いした石牟礼道子さんは執筆についてそう語ってくれた。まさに石牟礼文学の根幹にある言葉だと納得したのを思い出す。生者と死者、近代と前近代…。考えてみると石牟礼さんは常に「境界」に立っていた。

 水俣病を告発し、自身の名を広く知らしめたのは「苦海浄土」(1969年)だ。患者の語りで構成される同作を、石牟礼さんを長年支え続けた評論家渡辺京二さん(87)=熊本市=は「聞き書きなぞではないし、ルポルタージュですらない」と評す。確かに、語られるのは実際に聞いた患者の言葉だけではない。石牟礼さんが感じとった死者の言葉であり、声を発せない患者の思い。ノンフィクションと小説のはざまにあった作品だと思う。さらに言えば、石牟礼さん自身の立ち位置も文学にとどまらず、水俣病訴訟の支援など社会運動の人でもあった。

 この取材の2カ月前、石牟礼さんは福岡市で講演した。水俣病について多くの聴衆を前に語った最後の機会となった。美しい海、死者を弔う野辺送りなど水俣の風景を述懐したのが印象的だった。同時に「苦しいともうれしいとも言えない」患者の姿も振り返った。

 近年はパーキンソン病が悪化し、公の場に姿を見せることはなくなった。最後に声を聞いたのは16年5月、熊本地震直後に東京であった水俣病公式確認60年の講演会だった。熊本から中継映像で出演した石牟礼さんは患者たちに思いをはせながら「言葉は何のためにあるのか」と自問した。

 東日本大震災や熊本地震を経験した現代社会は、石牟礼さんが立脚した「境界」を意識せざるを得なくなったように思う。近代と前近代、生者と死者の境界で魂を交感させていたのが石牟礼文学だった。書き手を失ってしまったが、作品は現在に、そして未来に残り続ける。

=2018/02/10付 西日本新聞夕刊=

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