「尊氏再起の寺」本堂確認 礎石の規模、古図と照合 太宰府市教委

山岳寺院「原山」の発掘現場で見つかった本堂とみられる礎石建物跡=福岡県太宰府市
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 福岡県太宰府市教育委員会は8日、同市三条の原遺跡で、9~14世紀の山岳寺院「原山」の本堂とみられる礎石建物跡を初めて確認したと発表した。原山は足利尊氏が室町幕府を開く前に身を寄せ、再起を図った場所といわれる。

 原山の跡は大宰府政庁跡の背後にそびえる四王寺山の麓にあり、天台宗の僧、円珍の弟子が開いた四王院の別院といわれる。「原山無量寺」や「原八坊」とも呼ばれる。

 2015年度の調査で建物の基礎の盛り土(基壇)とみられる遺構や階段跡が確認され、礎石はその西側で見つかった。建物は東西8メートル・南北12メートルと、東西14・5メートル・南北11メートルの2棟があり、大きい方が新しい。いずれも13世紀の建物で、東向きだった。

 市教委は、規模が古図に描かれたように大きいことから「本堂跡の可能性が高い」と判断した。付近には本堂跡を伝える石碑があり、土製の仏像や五輪塔の破片などが出土している。今回の調査で石塔跡とみられる遺構も発見された。

 14世紀半ばの歴史書「梅松論」には、新田義貞軍に追われて九州に逃れた尊氏が「原山」に滞在し、再び京に攻め上ったと記録されている。

 市教委文化財課は「調査した丘陵は原山の伽藍(がらん)中枢部と考えられ、大宰府の宗教史、地域史を考える上で重要な遺跡」と説明した。13日午前10時からと午後2時からの2回、現地説明会がある。

=2018/05/09付 西日本新聞朝刊=

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