6日午後3時、取材を終えた私はJR京都駅にいた

 6日午後3時、取材を終えた私はJR京都駅にいた。新幹線はまともに動いていない。在来線で新大阪に行くと「16時8分 鹿児島中央」の表示がある。迷わずホームに向かったが、その新幹線が発車することはなかった。「少しでも西へ」。午後7時半ごろ、すし詰め状態の広島行きに乗った。その車両が岡山より先に進むことはなかった。

 西日本一帯が数十年に1度の記録的大雨に見舞われ、混乱していた。宿はどこも満室でJRが準備した“休憩用”新幹線で夜を明かす。翌朝、「午後3時をめどに運転再開」の放送が入ったが、実際に動いたのは同6時半すぎだった。車窓の風景が変化した時は、思わず「動いた!」。泥水に漬かった家々が目に飛び込んできたのは、その直後だった。

 私は27時間遅れで福岡に帰ることができた。だが、被災者の中には今後の見通しが全く立たない方も多い。平穏な暮らしが一日も早く戻ることを祈りたい。 (古賀英毅)

=2018/07/11付 西日本新聞朝刊=

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