言葉の風景へ ゆかりの地を歩く(5) 山田宗樹「嫌われ松子の一生」=大川市 [福岡県]

漁船が停泊する大川市の筑後川。松子が出勤に使っていた渡し船は姿を消して久しい
漁船が停泊する大川市の筑後川。松子が出勤に使っていた渡し船は姿を消して久しい
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帰郷した松子が目にした筑後川に架かる新田大橋
帰郷した松子が目にした筑後川に架かる新田大橋
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溶け込んだ土地の記憶

 「『(大川から)外へ出たら松子みたいになるぞ』って、地元のおじいちゃんはおどかすんですよ」。大川市立図書館の清水敦子館長(50)は苦笑する。

 作家山田宗樹さん(52)=同市=の長編「嫌われ松子の一生」(2003年刊)は、大川市大野島に生まれ育った女性の「転落人生記」ということになってしまうだろう。その場しのぎの取り繕いがことごとく裏目に出て、瞬く間に転落していく。でも、なぜか人を引きつけてやまない。

 東京・足立区のアパートで、川尻松子の遺体発見の記事から物語は始まる。53歳、死因は内臓破裂。大川出身で、現在は東京の大学に通うおいの笙(しょう)は、その松子が、存在を知らされていなかった伯母だと聞かされる。松子はなぜ殺されたのか。現代の笙が足跡を追う旅と、昭和45年を起点に松子の身に起きた流転を、同時並行でたどっていく。

 〈川は穏やかだった。早朝の心地よい川風に身を任せていると、切ないほどの安らぎを感じる。(略)懐かしくもあり、ときに疎ましくもある。これが故郷というものなのだろうか〉

 松子は大川で中学教師をしていた。筑後川と早津江川に挟まれた三角州の大野島から、渡し船に乗って出勤していく。

 大野島へ足を運んだ。川風に潮の香が混じる。車でわずか3分ほどで横断できる島は、福岡と佐賀の県境になっている。佐賀藩の海軍施設「三重津海軍所跡」や佐賀空港もほど近い。川の真ん中にあり、今も昔も、さまざまな人が行き交ったことを感じさせる。

 父の意に沿う生き方を求めて教師になった松子だが、修学旅行で起きた窃盗事件をきっかけに、大野島から離れざるを得なくなる。福岡、滋賀、東京・三鷹、銀座…。松子は北上するたび、男たちと運命的な出会いを果たし、その都度「彼の意に沿う生き方」をしようと大まじめに突き進む。それがたとえ犯罪に等しくとも。

 〈朝、目を覚ますと、遠くから漁船のエンジン音が聞こえてきて〉

 流転の中、松子はたびたび故郷のことを口にする。大野島に戻ったことさえある。でも筑後川には新田大橋が架かり、彼女が通勤で使った渡し船もなくなっていた。変わりゆく故郷で、松子の居場所はなかった。

 「土地の記憶や、筑後の女の叫びがどんなに溶け込んだ作品か、ここへ来て初めて分かった」。東京出身で約12年前に大川に移り住んだ清水館長はそう語る。

 〈なぜわたしを愛してくれなかった?〉

 老境にさしかかった松子は叫ぶ。「人の意に沿う生き方」さえしていれば愛してもらえると、松子は信じ込んでいるのだ。「でも、それを諦めて開き直ってから、本当の骨の強さが描かれている」。清水館長はそのしたたかさこそ、筑後の女性の尊さだと感じている。

 小説は刊行後、映画やドラマ、舞台化までされて支持を広げた。韓国ではミュージカルになった。作品紹介にはこうある。「the wretched life story of a lovely woman」(愛らしい女性の悲惨な生涯)。

 松子は「嫌われ」てなどいない。世代を超え国を越え、手をさしのべたくなる存在なのだ。

 ◆嫌われ松子の一生 大川市大野島出身の中学教師、川尻松子は、ある事件を機に故郷から逃げ去る。美しくきまじめな松子は風俗業、刑務所、美容業界と、さまざまな道で頂点に手を掛けるが、常に事件に巻き込まれてしまう。たどり着いたのは東京の荒川に近い古アパートだった。

 =おわり

=2018/01/08付 西日本新聞朝刊(筑後)=

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